fc2ブログ

ローズ・ダッグデールのフェルメールなど名画盗難事件を題材とした映画「バルティモア」

週の初めに、グループ・ツアーのお客様をご案内してラスボロウ・ハウス(Russborough House, Co. Wicklow)を見学したときのこと。
館内の見学を終えてツアー・バスに戻ると、ドライバーのドニーが、「ローズ・ダッグデールが亡くなったって、たった今ニュースで言ってたよ!」と言うではありませんか。

ラスボロウ・ハウスは大富豪アルフレッド・バイト卿(Sir Alfred Beit, 1903–1994)の邸宅だった18世紀の屋敷で、バイト卿が所有したおびただしい数の美術コレクションで知られ、4度にわたる盗難事件の現場になったことで有名。
1974年の最初の盗難事件を起こしたのが、イギリス人の億万長者の娘で、オックスフォード大学出身の才女でありながら、北アイルランド紛争の武装組織IRAのメンバーとなったローズ・ダッグデール(Rose Dugdale)とその一味でした。投獄されていたIRA仲間の釈放を求めて、身代金要求のために美術品強盗を企て実行したのです。
屋敷の見学ツアーで、まさにこの部屋、このソファーにバイト卿がすわっていた時に、マシンガンを持ったローズたちがやって来て、バイト卿を殴って縛り上げたんです!…と、ガイドさんの臨場感ある説明を聞いたばかりでしたので、そのローズがまさにその日、ダブリンの高齢者施設で83歳で亡くなったと知り、あまりのタイミングに驚きました。
English heiress turned IRA member Rose Dugdale dies aged 83(RTE News)

このときにローズたちが盗み出した絵画は、フェルメール、ゲインズバラ、ルーベンス、ゴヤ、ベラスケスなど世界の巨匠たちの名画19点。推定総額は800万ポンド、現在の金額で1億ポンド!そのうちもっとも価値の高い絵がフェルメールの「手紙を書く婦人と召使」で、現在ダブリンのナショナル・ギャラリーに展示されているものです。
美術盗難の歴史に名を残す大事件だったにもかかわらず、絵は8日後、ローズたちが潜伏していたコーク県グランドア(Glandore)村のコテージと周辺であっさり回収。ダッグデールはこの事件と、数ヶ月前にヘリコプターをハイジャックして北アイルランドのストラバーンの警察基地に爆弾投下した罪でリムリックの刑務所に6年間収監されましたが、なんとその間に子どもを産み、同じく収監中だった子どもの父親である恋人のIRAメンバーと結婚までしたというからスゴイ。まるでトルコとの海戦中に子どもを産んだ、16世紀の海賊の女王グレース・オマーリーみたいだ!

VermeerLadywritingaletter
フェルメール作「手紙を書く婦人と召使」、ダブリンのナショナル・ギャラリー所蔵。アイルランドにある唯一のフェルメール画。これまで何十回となく見てきた絵ですが、昨日別の絵を見にギャラリーへ行ったついでに、あらためて、これがダッグデールが盗んだ絵か!と眺めてきました

反体制的な女性に憧れがちの私は、ダッグデールの人生に少なからず興味を抱いていましたが、フェルメールを含むラスボロウ・ハウスの盗難事件と言うと、ブレンダン・グリーソン主演の映画「ザ・ジェネラル(The General)」でお馴染みの、1986年の大泥棒マーティン・カヒルによる盗難の方が絵の奪回のドラマがすさまじいので、ついそちらにばかり興味がいっていました。
ところがダッグデール事件についても、それを題材とした映画が製作されていて、まさに劇場上映が始まるところだったのです。

ちょうと見たいと思っていた「バルティモア(Baltimore)」(USでのタイトルは「Rose's War」)がそれで、かつてRTÉのドラマ「Love/Hate」で一躍人気となったニッジ役の俳優トム・ヴォハン=ローラー(Tom Vaughan-Lawlor)さんが出ているので、久しぶりに大画面でニッジに会える!とチェックしていましたが、内容については彼女が亡くなったニュースを検索していて知りました。
きっと今週はダッグデール・ウィークに違いない!と、公開初日の昨日、早速に行きつけの映画館ライトハウス・シネマで観てきました。

baltimoremovie
ローズ役はイギリス人女優イモージェン・プーツ(Imogen Poots)。この方のお父さんはベルファースト出身のようですね

結論から言いますと、この映画、私はとても好きでした。もちろん脚色はあるにせよ、事件の真相、ダッグデールの育った環境と人となり、どうしてIRAの活動にひかれていったのか、盗難事件で世間を騒がせるも心の中は揺れていたことなどがよく分かりました。
イモージェンのダッグデールも良かった。怒れる反体制的な活動家としての顔の裏に、育ちの良さから抜けきれない上流階級のお嬢さんらしさが垣間見えて。
ダッグデールのお母さん役はどこかで見たことが…と思ったら、日本で今、絶賛上映中の「コット、はじまりの夏」(2022年)のコットを預かるアイリーンでした!



トレーラーでは激しいシーンばかりを見せているけれど、サスペンスや犯罪ものではなく、あくまで人間ドラマ。結局ピストルの引き金を引けなかったり、とてつもないことをやらかしている割には計画の緻密さに欠けるところが人間臭いのです。素性がばれないようにフランス語訛りで強盗に入ったのに、潜伏する村でもフランス語訛りでしゃべっちゃったりして(笑)。

盗んだ絵ごとに強奪シーンが回想されていく展開もユニークで、絵画の知識など全くない強盗仲間に、ダッグデールがスラスラとそれぞれの絵の解説をするシーンは美術映画としても楽しめます。
バイト卿のコレクションの多くが現在ナショナル・ギャラリーに寄贈されているので、上述のフェルメールはもとより、ゴヤの「ドーニャ・アントニア・サラテの肖像」、ベラスケスの「エマオの晩餐とキッチンメイド」など、仕事でギャラリーを頻繁に訪れる私にとっても馴染みの名画が次々に出てきて、ダッグデールの解説に感心したり、相槌を打ったり。

スクリーンに映し出されるラスボロウ・ハウスのエントランス・ホールや書斎が、ほんの4日前に見たのとそっくりだったことも臨場感をかき立てました。外観も、特徴的なパレーディアン洋式の正面からのショットはなかったものの、横からの角度は酷似していたので、実際にラスボロウ・ハウスで撮影されたのでしょうか。
コークのグランドア村のシーンは、そこへ行ったことがないのでなんとも言えませんが、景色からしてウィックロウあたりで撮影したように見えましたがどうでしょう。

russboroughhouse05233
ここがダッグデールの一味が来たときにバイト卿がいたという書斎。映画ではダイニングにいたことになっていましたが、出てきた書斎はホンモノそっくりでした!(2016年7月撮影)

最後にタイトルの「バルティモア」について。バルティモア(Baltimore)は南部コーク県にある、白いビーコンのある景色で知られる海辺の村なんですが、その村は映画にはまったく出てこないんですね。どうしてバルティモアというタイトルにしたのかな、何か伏線があるのかな、と思ってずっと観ていたところ、地名が1度だけ言及されました。
これ以上言うとネタバレになるので控えますが、ローズが潜在的に求めていた未来がそこにある、ってことだったのかな、と思いました。タイトルが良くないとの批評もありますが、私はまさにこのタイトルが多くを語っていると感じました。

※ラズボロウ・ハウス関連過去ブログ
ラスボロウ・ハウス、その昔フェルメールの名画が盗まれた屋敷(2023年5月)
ラスボロウ・ハウス、妖精の気配ムンムンのフェアリートレイル(2023年5月)
関連記事

コメント

非公開コメント

naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

Instagram

お知らせ ☘

旅のガイドご予約・お問合せはこちら
ガイディング・アイルランド

「絶景とファンタジーの島 アイルランドへ」(イカロス出版)
☘8/29最新版刊行☘好評発売中!
ikarosbook0517 . ikarosnewbook0823
初版はこちら

新規オンライン講座/講演会
→詳細は追ってお知らせ致します!

カレンダー

03 | 2024/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

月別アーカイブ