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『エミリー』とアイルランド③ 吟遊詩人の血を引く「ここにとどまる」のメアリーお祖母さん

12月に岡山で「モンゴメリ作品を〈ケルト〉で読み解く」という講演をさせていただき、それに向けてモンゴメリの先祖のルーツをあらためて紐解き、さまざまな気づきや発見がありました。調べるほどに疑問も増え、講演後もそれが続いています。
岡山での講演は、モンゴメリの『赤毛のアン』(以下、『アン』)に次ぐ代表作『エミリー(Emily of New Moon)』(1923年発表、村岡花子訳は『可愛いエミリー』)の出版100周年を記念したプロジェクトでした。モンゴメリのアイルランド系のルーツについて触れましたが、講演では話しきれなかったことも含め、あらためてこちらに記しておきます。

L.M.モンゴメリ(1874~1942)はカナダ東海岸のプリンス・エドワード島生まれで、ご先祖はスコットランド、イングランドからの移民。
プリンス・エドワード島は1763年、イギリス人の支配するところとなり、ブリテン諸島から多くの入植者を集めました。イングランド、スコットランド、少し遅れてアイルランドからも。イギリス領となった当初、島の名はセント・ジョン島でしたが、アイルランドからの入植者を増やすために「ニュー・アイルランド島」に改名しようとしたこともあったとか。(即刻、イギリス本国に拒否されたそうですが!)
モンゴメリの先祖は、父方も母方も高祖父母(親の曽祖父母)の代にスコットランドをあとにし、1770年代にはすでに島に到着していた初期の入植者でした。その後にやって来た貧しさ故に移民したスコットランド高地の人やアイルランド人とは違い、裕福で家柄も良いスコットランド低地の出身。自らの選択で新大陸へわたることを決め、そこで優先的に土地を与えられた人たちです。

モンゴメリ自身は、自分のルーツを「スコットランド、イングランド、アイルランド、ちょっぴりフランス」の血が混じっていると書き残しています。(※1)
ちょっぴりフランス…というのは、父方のモンゴメリ家の先祖がフランスの出だったからですが(1066年のウィリアム征服王のノルマン・コンクエストでブリテン島にやって来たフランス貴族だったらしい!)、アイルランドの血は、父方の高祖母メアリー・マクシャノン(Mary MacShannon/McShannon)さんがアイルランド出身だったことに由来します。マクシャノンというのはアイルランド島北部のアルスター地方、スコットランドのキンタイア地方などアイルランドに近いスコットランド西部に見られる名字なので、この方はアルスター・スコッツ(Ulster Scots)と呼ばれる、1600年代にスコットランドからアイルランドに入植した一族の出ではなかったかと推測されます。だとしたら、アイルランド人でもカトリックではなく、プロテスタントの長老派であったはず。
興味深いことに、マクシャノン家はもともと、スコットランドのモンゴメリ家に仕えていたハープ奏者だったとか。(※2)当時のハープ奏者というのは吟遊詩人のことですから、モンゴメリのストーリーテリングの才は、このアイルランド人のひいひいお祖母さんの一族から授かったものかも!まるでブロンテ姉妹の文学的素養が、アイルランド人のストーリーテラー(語り部)だった祖父から受け継がれたと言われるように。

モンゴメリのアイリッシュ・ルーツは、彼女の作品や人生とアイルランドとのつながりを常に探している私にとって、なんとも嬉しい発見だったのですが、そのアイルランド人のご先祖のエピソードが『エミリー』にリサイクルされていることを知ったときには、それこそ小躍りしてしまいました。
第7章で、孤児になり母方の親戚マレー家に引き取られたエミリーが、いとこのジミーさんに一族の墓地を案内してもらうシーン。ジミーさんが、マレー家がプリンス・エドワード島に来たいきさつをこう語ります。

「ほんとうはケベックへいくつもりだったんだ―プリンス・エドワード島にくるつもりなんかなかった。長く苦しい航海が続いて、水が底をついてきたので、ニュー・ムーン号の船長は、水を手に入れようとこの島にたちよった。メアリー・マレーは船酔いで死にそうだった―ふらついて、とてもじゃないけれど船上をまっすぐに歩けなかった―そこで気の毒に思った船長がいってくれた。
『船員たちといっしょに上陸して、一時間ほど、ゆれないしっかりした地面の上にいたほうがいい。』
メアリーは大喜びででかけていき、海岸に着いたときいったんだ。
『あたしはここにとどまります。』
そしてほんとうにとどまった。がんとしてそこをうごこうとはしなかった。…(中略)…そんなふうにしてマレー家の人間はプリンス・エドワード島に住むことになったのさ。」
『エミリー』神鳥統夫訳・偕成社文庫より


このエミリーのひいひいお祖母さん、作中ではイギリス人とされているメアリー・マレー(旧姓シプリー)さんが、ほかでもないモンゴメリの実のひいひいお祖母さん、アイルランド人のメアリー・モンゴメリ(旧姓マクシャノン)さんです。
なんとモンゴメリ一族がプリンス・エドワード島に来ることになったのは、アイルランド人のご先祖の船酔いのおかげだったんですね!
しかも、一族の言い伝えでは、本当は船は給水ストップでプリンス・エドワード島に停泊したのではなく、メアリーさんが船長をウィスキーで買収したからとか。さすがアイルランド人!(笑)

ちなみに物語には、メアリー・マレーさんの苔むしたお墓に、「あたしはここにとどまる(Here I stay)」と刻まれていると書かれています。妻をなだめて船に乗せることのできなかったメアリーの夫、ヒューおじいさんのささやかな仕返しだったようですが、その部分はどうやらフィクションみたいです。本当にそんなお墓が遭ったらオモシロイのに!(※3)

『アン』、『エミリー』を含むモンゴメリの代表作は、いずれも作者が育ったスコットランド移民のコミュニティーが舞台となっています。そのため、当時のプリンス・エドワード島があたかもプチ・スコットランドであったかのようなイメージを受けますが、モンゴメリが生まれた1870年代の統計を見ると、島民の半数がスコットランド系ではありましたが、4分の1はアイルランド系でした。残りの25%はイングランド系、フランス系、先住民族のミックマック族、そして黒人もいたそう。(※4)
近年ネットフリックスで人気を博したドラマ『アンという名の少女』に、原作には出てこないミックマック族の少女や、黒人カップルが登場しますが、ある意味、あのドラマで描かれた世界の方が真実に近いのかもしれません。
『アンという名の少女』シーズン2&3と、伏線となる名作小説たち(2021年10月)

ちなみにカナダのほかの地域は、イングランド系住民の割合がより高かったそうですが、プリンス・エドワード島に限ってはケルト文化圏であるスコットランド系、アイルランド系住民が大多数を占め、カナダでもっともケルト色の強い地域でした。
今回の講演内容を精査していく中で浮上したことですが、モンゴメリが生まれる少し前の1860年代のプリンス・エドワード島では、ゲール語(ケルト語)が英語に次いで2番目に話されている言語だったそうです。その後、急速に衰退し、モンゴメリが大人になるまでにはほぼ絶滅したそうですが。
モンゴメリ自身はゲール語を話しませんでしたが、なんと夫となったユーアン・マクドナルド牧師はゲール語話者でした。ユーアンは移民2世で、父はゲール語がバリバリ話されていたスコットランド高地のスカイ島出身。その影響でゲール語/英語のバイリンガルだったマクドナルド牧師は、教区の年長のゲール語話者と意思疎通ができ、赴任したキャヴェンディッシュ教会で非常に尊敬されたそうです。
教会でオルガンを弾いていたモンゴメリは彼に一目惚れしたようですが、先祖の地の言葉を操る彼のそんな面にも教養を感じ、惹かれてしまったんでしょうか…。あ~。(この夫がのちに精神を病み、モンゴメリの結婚生活を苦痛なものにすることに…)
マクドナルド牧師とゲール語の話は、長くなりますのでまた後日。

今年はモンゴメリ生誕150周年というファンにとっては記念すべき年。11月30日の150回目のお誕生日に向けて、もっともっと作品を読み込み、日記や伝記を再読して過ごしたいと思います♪

【参考文献】
(※1)The L.M. Montgomery Reader: Volume One: A Life in Print, Edited by Benjamin Lefebvre
(※2・3)Lucy Maud Montgomery: The Gift of Wings, Written by Mary Henley Rubio 
(※4)A look at the 19th-century atlas that 'defined' P.E.I-CBC News/The Anne of Green Gables Manuscript: L.M. Montgomery and the Creation of Anne-The Island and Its People など

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12月の講演は、メアリ―・ルビオ先生のこのご本に本当に助けられました!

★『エミリー』関連過去ブログ
『エミリー』とアイルランド② 巨人ダグダの「魔法の大鍋」(2022年9月)
『エミリー』とアイルランド① カッシディ神父と妖精レプラコーン(2022年2月)
オンライン読書会 『エミリー』、想うこといろいろ(2022年1月)
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アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

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