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アイルランド文学の翻訳者・片山廣子を偲ぶ

友人Tさんのご案内で、大森周辺を散策。
この辺りは、明治から昭和初期にかけての日本を代表する文人たちが多く集まった場所で、「馬込文士村」の名が付けられています。

北原白秋、萩原朔太郎、室生犀星、三好達治、川端康成、尾崎士郎、宇野千代…そうそうたるメンバーの中に、アイルランドと関連のある人物がひとり。
歌人としても知られる片山廣子、この人が、大正から昭和初期にかけて、「松村みね子」のペンネームでアイルランド文学を日本語に翻訳した文学者なのです。

数年前、この片山廣子を大叔母に持つという、Aさんご夫妻のアイルランド旅行をガイドをさせていただいたことがあります。
Aさんご夫妻やお仲間の皆さんとはその後も連絡を取らせていただいており、そんな縁もあってか、片山廣子の名は、私にとって忘れられない特別なもの。
そして、ゆかりの地である大森を訪れたいと、かねてから思っていたのがついに実現しました。

JR大森駅を山王方面に出ると、ほぼ目の前の神社の上り口に、馬込文士たちのレリーフがあります。
文士たち大集合の大きなレリーフに続いて、高台に続く階段伝いに次々出てくる説明文とレリーフ群、写真はその中のひとつ、当時活躍した女流作家たちのレリーフ。いちばん左が片山廣子です。

magomebunnshi

断髪ガールもいる中で、片山さんはきっちりとした和装&歯を見せないスマイル。身のこなしの優雅な美女で、人の陰口などは一切言わず「くちなし夫人」と呼ばれたこの女性、なんと芥川龍之介の憧れの人でもあったとか。
レリーフの表情にどことなくただよう神秘的な雰囲気が、西の果ての妖精の島アイルランドの神話を訳すのにうってつけのような気がして、ひとりでほくそ笑んでしまいました。

階段を上りきって、今度は山王の高台へ。閑静な住宅街の中にある、山王会館を目指します。

会館前の高台からは、文士たちが活躍した時代には海まで臨めたそうです。安ぼけた感じのビルが林立する現在の眺めを見て、「私が子供の頃は、瓦屋根がうねるような町並みの感じはまだ残っていたのよ~もう海は見えなかったけどね~」と、5代続いた生粋の大森っ子のTさんは、ちょっと寂しそう。
その昔、きっとここは、ダブリン南のキライニーのコースト・ロードのような、海の見える高級住宅街だったのでしょうね。

訪れた山王会館では、文学に精通したTさんに解説していただきながら、文士たちの直筆の原稿などの資料の展示を見ることが出来ました。
片山廣子関連のものは展示されていなかったのですが、村岡花子(『赤毛のアン』の翻訳者として有名)の小ケースの中に、片山さんのことを書いた文章を発見。

これによると片山さんという人は、いわゆる型にはまった女性ではなく、当時の日本人には珍しい「飛んでる女性」でもあったようです。
面白かったのはこんなエピソード。
未亡人になった片山さん、あ~これで私はまたシングル、あなたとの関係はこれまでよ~と言わんばかりに、なんと、亡き夫からもらった思い出の婚約指輪を、近所の池に放り捨ててしまったそうです。
これを聞いた村岡さんは、「アイルランド文学に触れていくうちに、あの人には、迷信深さが乗り移ったらしい」といったような内容のことを書いており、これまた興味深く思いました。
というのも、ケルト人は戦争が終わると、使った武器を湖の底に沈める習慣がありましたから、もしかして片山さんのこの行動、ご主人の死をもって“停戦条約”ってことだったりして…!

指輪が投げ込まれた池は弁天池といい、早速そこへも行ってみることに。池の中の小島に弁天様が祭られた、うっそうとした感じの池で、思いを断ち切るにはうってつけ。

bentenike


ここへ行く途中、曲がり角で立ち止まった私たちの前にランドセルをしょった小さな男の子が現れて、案内役を買って出てくれました。その子はちょっと耳が尖っていたので、もしかしたら妖精だったかもしれません…。

旧家跡近くに設置されていた解説板によると、片山さんは外交官の家に生まれた令嬢で、文学活動はあくまでも趣味、上流階級の夫人がお金を稼ぐことに抵抗を感じていたのか、原稿料はいっさい受け取らなかったそうです。

堀辰雄の『聖家族』の登場人物・細木夫人は、片山廣子がモデルと言われていますので、これを機会に再読してみたいと思いました。
また、エッセイスト賞を受賞した片山さん晩年の作品『燈火節』も読んでみなくては!

…と、楽しい宿題をかかえて、本日の大森散策は終了。
百聞は一見に如かずとはよく言ったもので、文人が実際に歩いた道をたどることは、解説を10ページ読んでも到底感じ入ることの出来ない、臨場感と感激を与えてくれます!

寒い中お付き合い下さったTさん、どうもありがとうございました。
またご一緒に、文学散歩しましょうね!!



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コメント

アンナム

懐かしい!私は大学生活4年間を大森山王あたりに同郷の友達と下宿していました。
アンブックスのあとがきに 村岡花子、大森にて と書いてあるのをみて憧れていました。(後に記念館に行ってやっと念願がかなったのですが。)何年か前、その友達と大森に行き 下宿先や懐かしい場所をたずね、センチメンタルジャーニーをしてきました。
山王会館が出来ていたんですね。あなたの報告は実に興味深く書いてあり、また行ってみたくなりました。あの頃もっとよく勉強しておけばよかったなあ。

naokoguide

アンナムさん、コメントありがとうございます!センチメンタル・ジャーニー、いい言葉ですね~。アンナムさんも、大森ゆかりの方だったんですね。
今回は村岡花子記念館へは行かなかったのですが、レリーフの石段の上で、なんとなんと、村岡さんちのご長女Mさんにばったりお会いしたのですよ!Mさんは大森にはお住まいではないので、ほんとに偶然。Tさんが、村岡さんの霊がアイルランドから来たあなたを迎えてくださってるのよ!と言ってくださり、不思議な気分でした。
非公開コメント

naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

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