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映画『A Doctor's Sword(軍医の刀)』とマッカーシーズ・バー

ずい分前に書きかけて、下書きフォルダーに入ったままになっていたトピック。新刊本の執筆中に確認したいことが出てきて、再度このドキュメンタリーを見直したので、この勢いで続きを書き終え、ご紹介したいと思います。

南西部の景勝地、ベラ半島(Beara Peninsula)めぐりの基点にもなる港町キャッスルタウンベアのメイン・ストリートに、マッカーシーズ・バー(MacCarthy's Bar, Castletownbere, Co. Cork)という、1860年創業の古いパブがあります。
2000年にミリオンセラーとなったイギリス人作家ピート・マッカーシーさんのアイルランド旅行記『McCarthy's Bar: A Journey of Discovery in Ireland(マッカーシーズ・バー、アイルランド発見の旅)』のタイトルと表紙でも知られる有名パブ。(本のタイトルは、筆者の性の綴りに合わせてMacの「a」ないマッカーシー)

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カウンティ・コークの色、赤が目印のショップフロント。ずい分前のことですが、映画『オンディーヌ 海辺の恋人(Ondine)』(2009年)の撮影時、コリン・ファレルがコーク訛りを習得すべく通ったというパブでもあります(写真は2017年10月撮影)

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典型的なヴィレッジパブの雰囲気を残す店内。壁はメモラビアでいっぱい、夜には音楽演奏でにぎわうことも(2016年9月撮影)

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もともと雑貨店として創業したという店。田舎の町や村には今もその名残りをとどめる店が多くあり、ここもそのひとつ。カウンターの奥では調味料や日用雑貨などが今も販売されています(2016年9月撮影)

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昼間は食事もあり。素朴なスープとトースティなんですが、これがおいしいんですよね。別のときに食べたアップルパイもお代わりしたいくらい美味しかった!(2017年10月撮影)

噂によると、このパブのカニのサンドイッチが絶品らしいのですが、これまで私が行ったときにはいつもありませんでした。シーズン外れだったのか、たまたまカニが不漁だったのか。
対岸のイベラ半島のスケリッグ・マイケルへのボートが出る港町ポートマギーで食べるカニ爪がいつも絶品なので、この辺りはカニがおいしいエリアに違いありません。次回はきっと!

さて、本題ですが、このパブへ初めて行ったのは2008年頃だと思うのですが写真がなく記憶が曖昧。その後、2014年3月に行った時にちょうど話題になっていたのが店内に張られていたコレ。

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「9000キロのジャーニーにより解き明かされた68年間の家族のミステリー」という見出しの新聞記事。写真左から現在パブを切り盛りするエイドリアンさんと姉妹のニッキーさん、そしてこれからご紹介するドキュメンタリー映画のプロデューサーのボブ・ジョンソンさん(2014年3月撮影)

エイドリアンとニッキーの父、エイダン・マッカーシー(Aidan MacCarthy, 1913 - 1995)さんの日本刀をめぐるストーリーが、『A Doctor's Sword』(2015年)のタイトルでドキュメンタリー映画となり、間もなく公開になるという時でした。
このパブの上階で生まれ育ったエイダンさんは、日本の長崎で原爆投下を生き延びた人としてすでにアイルランドでその名を知られる存在でした。私の記憶では、少なくとも2000年代の中頃までは、8月の原爆投下の日が近づくと、当時ご存命だったエイダンさんの奥さんなどご親族がTVでその話をしていたものです。

コーク大学を卒業して医師の資格を得たエイダンさんはイギリスへ渡り、連合軍の医官となり、第2次世界大戦で極東へ配属。1941年、インドシナでの日本軍との激戦によりジャワ島で捕虜となり、想像を絶するような過酷な日々を強いられた上、1944年、日本へ輸送される海上でアメリカの潜水艦の魚雷攻撃を受け船が沈没、溺死寸前に。捕鯨船に助けられて長崎へ上陸したのは、780人中たったの38人だったと言います。
造船所、製鉄所、炭鉱などで強制労働をさせられ、日本人にはマッカーシーとマッカーサー(MacArthur)の区別がつかず、米マッカーサー元帥の親戚だと噂を立てられたりして、よりひどい目にあわされたとか。その長崎で1945年8月9日、原爆投下を目撃。エイダンさん自身は被爆を免れましたが、その惨状を目の当たりにしたのでした。

2014年に私がマッカーシーズ・バーへ行ったとき、カウンターにいらしたエイドリアンさんが、私が日本人だと知って話しかけてくれました。父のストーリーが間もなく映画になること、その映画で語られる父の形見の日本刀が2階にあるけれど、あなた、見たい?と。

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喜んで見せていただいた日本刀がこちら。エイダンさんが生まれ育ち、おそらく今はエイドリアンさんがお住まいなのであろう、居間のような部屋の壁にうやうやしく飾られていました(2014年3月撮影)

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こちらはジャワ島での捕虜時代に使用していた飯盒だそう。あとで映画を見てわかったのですが、アルミの水筒を切ったものだったみたいです(2014年3月撮影)

2015年に映画が当地で公開されるも、限定的な公開ですぐには観るチャンスがなく、数年後にやっと鑑賞。エイドリアンさんが見せて下さったお父さんの日本刀がどんな意味を持つものだったのか、ようやく理解しました。
スポーツマンだったエイダンさんは、身体も精神も屈強な方だったのでしょう。約3年半に及んだという凄惨極まりない捕虜生活と強制労働で、戦後に帰還したときには90キロあった体重は45キロほどになっていたそう。生還できたのが不思議なくらいです。
ジャワ島で、長崎で、日本軍や収容所の看守にひどい扱いを受けたにもかかわらず、原爆投下後には日本人医師と協力し、敵味方の区別なく被爆者の治療に当たったと言います。終戦直後、オーストラリア人捕虜たちが日本人看守をリンチしようと企てたときには、看守たちをとっさに牢獄に閉じ込めて守り、鍵を海に捨て去ってしまったそう。
戦時下という異常事態を経験しても尚、人としての高潔さを失わなかったエイダンさん。その人間性に感激したのでしょう、ひとりの日本軍将校が自身の軍刀をエイダンさんに贈りました。それが今、最果ての港町のパブの2階に飾られているというわけです。

軍刀の贈り主は、メッセージを裏書きした自身の写真をエイダンさんに渡していました。「私の友マッカーシー少佐に餞別と共に贈る/君のご多幸を祈る/昭和二十年八月平和到来の日/楠野」といった内容。
ドキュメンタリー映画では、娘のニッキーさんが日本へ行き、父の足跡をたどります。その過程でなんと、メディアの呼びかけに応じて楠野さんのお孫さんから連絡が入り、ニッキーさんと連れ立って楠野将校のお墓参りをするという思いがけない出来事が。かつて国を越え、敵味方の隔てを越えて結ばれた絆が、世代を越えて再び結び直された瞬間でした。
前述写真の新聞記事の見出し、「9000キロのジャーニーにより解き明かされた68年間の家族のミステリー」とはこのことだったのです。

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A Doctor's Sword(軍医の刀)」(2015年)。日本では劇場公開はおろか配信もなく残念。Amazon UK、当地のApple TV+では視聴できますので、VPNを使えば日本でも見られるかもしれません



エイダンさんは1995年に82歳で永眠されました。
50代後半に脳卒中で倒れたことをきっかけに、それまで語らなかった戦時中の体験を一冊の本にまとめ、1979年に『A Doctor's War』のタイトルで出版。亡くなる5年前にはRTEラジオのインタビューを受け、それがご本人の肉声で公に語られた最初で最後のものに。そのインタビューはなぜか放送を先送りにされ、偶然にもエイダンさんの死の数時間前に放送日程が家族に伝えられ、葬儀後の参列者の会食中に流れることに。会場には大きな拍手喝さいが起こったそうです。
ドキュメンタリー映画のナレーションもエイダンさんの声なので、おそらくその時のインタビューかと思います。

参考までに、エイダン・マッカーシーさんの一連のストーリーや、日本での楠野さんのご遺族探しについてなど非常に興味深い話がこちらのサイトで紹介されています。執筆者は、日本刀の専門家として『A Doctors Sword』にも出演しておられる、日本近代刀剣研究会顧問の大村紀征(ともゆき)さんのようです。
日本軍刀が結ぶ日本~アイルランドの絆 A Doctor's Sword

マッカーシーズ・バーへは日本刀を見せてもらった2014年以降も何度か行っているものの、エイドリアンさんにお会したのは後にも先にもその時だけ。映画公開後は貴重な刀はハイセキュリティーになっているかもしれず(!)、ちょっと2階へどうぞ、なんてことはもうないかもしれませんから、あのとき見せていただいたのは本当にありがたいことだったなあと思います。
しばらく行っていないので、この夏はぜひ、カニ・サンドイッチを目指して再訪したいものです!
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アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

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