いや~、スゴイ作品でした!見終わって数時間経ってますが、いまだに身体が硬直気味で…😲
今から約100年前のアラン諸島を舞台としたマーティン・マクドナー監督の話題作『The Banshees of Inisherin(邦題:
イニシェリン島の精霊)』を観てきました。
日本公開は新年1月27日ですが、ひと足お先に♪

日本語では「イニシェリン」とされていますが、作中での発音は「イニシュエリン」でした。「イニシュ」は島、「エリン」は古代アイルランドの女神の名で、アイルランド語でのアイルランドの国名です
グロテスクなシーンがあると聞いておののき(←血が流れたりするの、苦手…)、ここ数日、観たい、いや、観たくない、いや、やっぱり観たい、でも怖い~…と葛藤を繰り返した挙句、今日の午後ついに心を決め、行きつけのライトハウス・シネマ(
Lighthouse Cinema, Smithfield, Dublin 7)へ。
期待以上の映像美と物語の展開にすっかり圧倒され、終了してエンドロールが流れても誰ひとり身じろぎせず、映画館全体がシーン…。あまりにパワフルでブラックで、はちゃめちゃだけど辻褄が合っていて、感想を述べようにも言葉にするのが難しい。人の心に深く切り込む、強烈な作品でした。
主要人物の2人を演じるのは、アイルランドを代表するベテラン俳優コリン・ファレル(Colin Farrell)とブレンダン・グリーソン(Brendan Gleeson)。この2人と言えば、『ヒットマンズ・レクイエム(In Bruges)』(2008)での名コンビぶりが思い出されますね、懐かしい。
ファレル演じる気のいい牛飼いポーリックが、グリーソン演じる親友のフィドル弾きコラムからある日突然絶交を言い渡される…というところから話は始まります。理由もわからず、オレ何か悪いことした?…と困惑し、しょぼくれるポーリック。
ただでさえいつもハの字眉毛の「困った顔」のコリン・ファレルの眉毛は、この作品ではずっと下がりっ放しです。😂
アラン諸島特有のストーンウォールが連なる小道や茅葺屋根のコテージ、ほのぼの可愛いロバや牛たち、村のパブ、伝統音楽のセッション、そして荒々しくも美しい大西洋の景色…などなど、これぞ「ザ・アイルランド西海岸」な、ある意味とってもベタな世界観も手伝って(コリン・ファレルが着ているダサ可愛い目のセーターも!1920年代、あんなにおしゃれなものはなかったと思うけど・笑)、物語中盤まではコメディタッチ。映画館のあちこちから笑いがもれるほどでしたが、とあるシーンを境にガラっとテンションが変わり、きゃぁ~😲
後半はホラー的要素が強くなり、この物語、いったいどういう結末になるの~、とまったく予測不可能でした。
監督・脚本のマーティン・マクドナー(Martin McDonagh)はイギリス生まれ&育ちですが、両親は生粋のアイリッシュ。アメリカのレイプ事件をテーマにした映画『スリー・ビルボード』(2017)が代表作として知られますが、すでに90年代から舞台の監督・脚本家として活躍しており、アイルランドを題材とした『ビューティ・クイーン・オブ・リーナン』をはじめとする「リーナン三部作」が有名。
何かのインタビューで聞いたのですが、北野武さんの映画の大ファンなのだそう。そう聞くと、本作に見るホラー的要素やブラックな顛末もうなずける気が。
ちなみにイニシュエリン(イニシェリン)島というのは架空の島で、映画の中ではそれがアラン諸島であるとはひと言も言っていません。ただ、本作はマクドナー監督が「アラン諸島三部作」のひとつとしてアラン3島のうち最小のイニシア島を舞台として書いた戯曲『The Banshees of Inisheer(イニシア島のバンシー)』を映画化したものであり、ロケも半分くらいはアラン諸島で行われているので、私は声高らかに「アラン諸島が舞台です!」と言っています。
ちなみに「アラン諸島三部作」のうち、アラン3島のほかの2島、イニシュモア、イニシュマーンが舞台の2作は演劇作品として過去に上映済み。このイニシアだけが幻の未上映作品だったんですよね。
撮影はアラン諸島の(イニシア島ではなく)イニシュモア島のほか、カウンティー・メイヨーのアキル島でもかなりの部分が行われています。アキル島の方が多いくらいかも。
余談ですが、ポーリックの家は
イニシュモアのドゥーン・エンガスのふもとで(背後に断崖と砦が映っています)、コラムの家は
アキル島のキーム・ビーチという地理的矛盾が気になって仕方なかったのは、もはや職業病ですね(笑)。
アイルランドで撮影された映画やドラマを見るといつもそう。スライゴのはずがダブリンだったり、ダブリンのはずがベルファーストだったり…。実際のロケ地が分かってしまい、現実に引き戻されてしまうのは観光ガイドのサガ。いずれも美しいことには変わりありませんが。
物語の設定は1923年、アイルランド内戦の末期。この時代背景にも注目していただくと、作品をより深く鑑賞できるかと思います。
アイルランドでは対イギリスに向けての独立戦争後、現在の北アイルランド領の主権をめぐり、独立戦争を共に戦った同志が敵味方にわかれて銃を向け合うというおぞましい内戦(Civil War, 1922~1923)が行われていました。独立戦争以上に多くの犠牲者を出すこととなり、アイルランドはその後長きにわたり、政治的、社会的にその傷を抱えていくことになります。
(この内戦については、ケン・ローチ監督の『麦の穂をゆらす風(The Wind That Shakes the Barley)』(2006)をぜひご覧いただきたい)
本作中に「イギリスと戦っている方がまだ良かった」といったセリフがあり、当時のアイルランドの人々が同胞同志の戦いに疲弊し、うんざり&バカバカしささえ感じ始めていた様子が見て取れます。
狭い島の中で仲間同士がいがみ合ってどうするんだ、といった空気感。ん?これってもしかして、ポーリックとコラムのことでは?2人の友情の崩壊は、内戦のパロディだったりして。だとしたら、マクドナー監督のブラックユーモアのオチはそこにあったのか!と思わず膝を打ったのでした。
脇を固めるアイルランド人俳優たちも秀逸。パブの店主役のコメディ俳優パット・ショート(Pat Shortt)を見て、
彼の代表作『ガレージ(Garage)』(2007)を思い出しました。あの作品もはじめはコメディかと思いきや…といったブラックな仕上がりだったなあ。
最後に、タイトルの「バンシー(Banshees)」について。バンシーとは髪の長い女性の姿をした「泣き妖精」のことで、彼女のすすり泣きが聞こえると死人が出ると言われるのですが…。
これについての私の考察を言うとネタバレしてしまうので言えませんが、バンシーが出たかどうか?...は、ぜひ本作を見て考えてみてくださいね!
(バンシーについて詳しくはこの日のブログを参照→
『アンの娘リラ』とアイルランド③ 泣き妖精バンシー)
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コメント
Wada
さて、この『イニシェリン島の精霊』が、ゴールデングローブ賞で、作品賞(ミュージカル/コメディ部門)、主演男優賞(ミュージカル/コメディ部門)コリン・ファレル、脚本賞マーティン・マクドナー、の3部門で受賞しましたね。ゴールデングローブ賞はアカデミー賞の前哨戦なので、アカデミー賞の受賞も有力ですね。
日本での公開がますます楽しみになってきました。
2023/01/11 URL 編集
naokoguide
帰宅早々、素晴らしい快挙のニュース。嬉しいです。コリン・ファレルはきっとアカデミーも取るでしょう。
内容をアレコレ言うとネタバレしてしまうので言えませんが、アイルランドらしいブラックコメディ。可笑しさ、悲哀、人生の笑っちゃうようなバカバカしさと美しさ、そしてやるせなさ、希望と絶望…みたいなものを大鍋でグラグラ煮たような味わい。
あ、ちなみにこれを観たあとしばらくは、ある食べ物が食べられなくなります(笑)
イニシュモアの景色も満喫でき、Wadaさんだったらすぐ、あ、あそこだ~とわかることでしょう。お楽しみに!
2023/01/11 URL 編集