2021年に行われた北アイルランドの国勢調査の結果が一部公表され、1921年にアイルランド島内に国境線が引かれ、北アイルランドが形成されて以来初めて、カトリック系住民の人口がプロテスタント住民を上回ったと報じられました。

青が「カトリック系」45.7%、赤が「プロテスタント系」43.5%、白が「無宗教」9.3%、グレーが「他宗教」1.5%。
More Catholics than Protestants in Northern Ireland for first time, census finds(The Irish Times)より
カトリック系の出生率が高いことなどから、遅かれ早かれこの日がやって来ることは予測されていました。昨今ナショナリストが存在感を強めていることから、すでにそうなっているのでは…との肌感覚もあったので、やっぱり。
北アイルランドができて100年という節目の年の統計でもあり、この結果は歴史的、政治的に大きな意味を持つことになるとさかんに報じられていますが、その意味を知るには北アイルランドの成り立ちについて少々知っておく必要があるでしょう。
現在の北アイルランドが位置するアイルランド島北東部は、17世紀以降、イギリスの政策により、ブリテン島からプロテスタント系住民が多く移住してきた地域。
1801年、連合法によりアイルランドが正式にイギリスに併合されてからも、この地域だけはイギリス系住民が多いという理由で産業が保護され、アイルランド島で唯一、産業革命の恩恵を受けたエリアでもあります。(一方、アイルランドの他地域の産業は、本国イギリスとの競争を欠くため、不当な重税をかけられるなどして衰退)
1921年、イギリスはアイルランドが自治を得て独立することを認めますが(英愛条約)、イギリス系住民が多く、造船業やリネン産業で栄えていた北東部は切り離して(イギリスに帰属させたままで)独立することを条件に掲げます。現状打破のための妥協策として、不本意ながらもアイルランドがその条件を受け入れたため、島内に国境線が引かれ、地理的にはアイルランドだけど属する国はイギリス…という「北アイルランド」が誕生することになりました。
(その後のアイルランド内戦、北アイルランド紛争、さらに言うとブレグジットにおける国境問題などもここに発端が…)
そのような経緯で誕生した北アイルランドですから、もともとは(イギリス系住民が主に属する)プロテスタント系人口が(アイルランド系住民が主に属する)カトリック系人口より圧倒的に多かったわけです。
両人口の推移を見ると、約100年前はプロテスタント系住民が6割強を占めていたことが分かります。

赤線がプロテスタント系、青線がカトリック系。2000年代以降、プロテスタント系が著しく減少しているのに対し、カトリック系がじわじわ増えているのが興味深いですね…。
More Catholics than Protestants in Northern Ireland for first time, census finds(The Irish Times)より
プロテスタント系人口の減少の主な理由の一つに挙げられているのが、高齢化による死亡率の高さ。伝統的にカトリック系の出生率が高いので、いずれは人口比を上回ると予測されていたことと一致します。
1998年、北アイルランド紛争の和平合意(ベルファースト合意)がなされたときも、合意に向けての話し合いの中でこの件が持ち出されたと聞きます。いずれはカトリック系人口が上回るだろうから、そのときには世論も統一アイルランド(北アイルランドとアイルランド共和国がひとつの国として全島が統一されること)を望むようになるだろう、だから今は武器を置いて停戦を…と、ナショナリスト(統一アイルランド支持)/リパブリカン(ナショナリストの過激派)を説得したのだとか。
ここでひとつ注意したいのは、宗教のバックグランドと政治的信条は必ずしも直結しているわけではなく、プロテスタント系だからユニオニスト(イギリスへの帰属を支持)、カトリック系だからナショナリスト(統一アイルランドを支持)と単純に考えていいわけではないということです。この点については、ニュースで専門家も釘を刺していました。
北アイルランドの国勢調査には、前回の2011年より、自分をイギリス人と思うか、アイルランド人と思うか、といったアイデンティティに関する質問が加えられています。
今回の調査で「イギリス人」だと思う人は40%から32%に減少し、「アイルランド人」だと思う人は25%から29%に増加、「北アイルランド人」だと思う人は20%とほぼ同じでしたが、増加率が高かったのは「イギリス人と北アイルランド人」だと思う人で6.2%から8%に増加したそう。(だから「イギリス人」だけ…の回答が減少したのでしょうか。)
ただ、もっとも増加率が高かったのはイギリス人でもアイルランド人でも北アイルランド人でもない「他国のアイデンティティ」を持つ人たちで、3.4%から6%に増加したとのこと。
宗教でも「無宗教」と答えた人の数が増加していることから、宗教もアイデンティティも多様化し始めていることがうかがい知れます。「プロテスタント」か「カトリック」か、「イギリス人」か「アイルランド人」かの二極化社会だった北アイルランドが変わるとしたら、「北アイルランド人」なるアイデンティティが多数を占めることになるのかなあ、と漠然と思っていましたが、私が思うよりずっと、ダイバーシティーが進んでいたことに気づかされました。
この、いわば伝統的ではない「第三者」となる人たちが、北アイルランドに新しい風を運んでくれるかも。そういえば、ベルファーストのアイスホッケー・チーム、ベルファースト・ジャイアンツも、そのような考えに基づいてつくられたピース・メーカーですが、今や宗派やアイデンティティの壁を越えた「ベルファーストの顔」として活躍しています。
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北アイルランド和平の象徴、ベルファースト・ジャイアンツのアイスホッケー観戦!(2021年12月)
ちなみに、今回の調査で明らかにされた北アイルランドの人口は190万3100人で、2011年から5%増加。北アイルランド誕生以来、もっとも多い数を記録しました。
今年4月の調査の結果でアイルランド共和国の人口が512万人ですから、アイルランド島全体で700万人を越えたことになりますね。
※参照記事
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More Catholics than Protestants for first time in Northern Ireland Census(RTE NEWS)
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More Catholics than Protestants in Northern Ireland for first time, census finds(The Irish Times) など
※北アイルランド事情に関する過去ブログ
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北アイルランド問題、やっぱりイギリス人のままでいたいユニオニストの気持ち(2021年3月)
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英愛条約から100年、ダブリン城で記念展(3月27日まで)(2022年1月)
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「血の日曜日事件」から50年、U2の「サンデー・ブラディ・サンデー」新バージョン公開(2022年2月)…など
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