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革命家の子として生まれたショーン・マクブライドが退けた「NATO非加盟」を今も貫くアイルランド

いよいよ明後日はセント・パトリックス・デー(St. Patrick's Day=3月17日)。2年ぶりに再開されるパレードにもっとウキウキしていいはずですが、日々激しくなるウクライナ情勢の方が気になって…。
日曜日にはダブリンに先行してロンドンでもセント・パトリックス・フェスティバルが行われましたが、グランドマーシャルとしてパレードを先導したアイルランドのミホール・マーティン首相は、グリーンのスカーフの上にウクライナ・カラーのブルー&イエローのものを重ねて身に着け、ウクライナ国旗を掲げて歩きました。
※参考→London St Patrick’s Day festival marked by show of solidarity with Ukraine (Irish Times)

東京の駐日アイルランド大使公邸でも週末にセント・パトリックス・デーのお祝いパーティーがあったとのことですが、駐日ウクライナ大使を招待して、アイルランドの(そして日本におけるアイルランド・コミュニティーの)連帯を示したそう。
おそらく明後日のダブリンのパレードでも、ウクライナの人々へ向けて何らかのゼスチャーがあることと思います。

ヨーロッパに暮らす身として、今回の戦争は至近距離で起こっているような臨場感です。西の端の島国アイルランドでもそう感じるのですから、地続きの大陸の国々、とくに東ヨーロッパの人たちは自国の戦争さながらの気持ちでしょう。
今回の件で、ロシアと国境を接するフィンランドではNATO加盟を支持する声が高まり、お隣りのスウェーデンにもその波が押し寄せているとか。
その一方で、同じくNATO非加盟国のアイルランドでもその議論がないことはないですが、マーティン首相は「将来的には議論の余地があるかもしれないが、有事にすることではない」ときっぱり。アイルランドの一貫した軍事的中立ポリシーを、今後もヨーロッパ内の紛争に「反映(reflect)」させていくと明言しています。
※参考→Ireland will have to ‘reflect’ on military neutrality in future conflicts – Taoiseach (Irish Times) など

この、アイルランドがNATOに正会員として加盟しないという「軍事的非同盟」のポリシーは、長きにわたり隣国に支配され辛酸を舐め続けた挙句、独立戦争のみならず、国を二分しての内戦で同胞が血を流し合うという悲劇を繰り広げたアイルランドの歴史からの反省と学びによるものと言えるでしょう。(もちろん、島国という地理的特徴も関係しているでしょうが)
アイルランドは第2次世界大戦後、NATOへの加盟を迫られますが、ときの外務大臣ショーン・マクブライド(Seán MacBride, 1904– 1988)がこれを退けました。

SeabMacBridePicture
ショーン・マクブライド、1984年(Wikipediaより、Public Domain)

ショーン・マクブライドはIRAの活動家から政治家になり、のちにアムネスティ・インターナショナル設立など数々の国際平和への尽力によりノーベル平和賞を与えられた人物。
その波乱の人生や輝かしい功績に劣らず興味深いのが彼の出生で、父は1916年のイースター蜂起で処刑された革命家ジョン・マクブライド、母はアイルランドの国民的詩人であり、ノーベル文学賞受賞者でもあったW.B.イェイツがミューズとして恋焦がれた、女優で革命家のモード・ゴンでした。

この2人の結婚は愛し合った結果というには性急で短期間であり、ショーンが生まれて間なしに泥沼の離婚調停となり、ショーンが物心つく頃には父は亡くなってしまったわけですが、少なくともショーンという名は父ジョンの名をアイルランド語名にして受け継いだもの。
幼くして父なき子となったマクブライドに、結ばれなくともモード・ゴンと友人関係を続けていたイェイツが時に父親代わりとなって助言を与えたこともあったようです。
2人の革命家の子として生まれ、イェイツの身近で育ったら、非凡な生涯を送る方が難しかったかも。
マクブライドが諸外国と軍事による同盟を結ぶことを良しとせず、アイルランドを中立国に保とうとしたのは、アイルランドの独立や解放のために先人が流した血をDNAレベルで受け継いでいたからに思えてなりません。先人たちの悲痛な想いがマクブライドを通して昇華され、平和や人権を何よりも大切に考える現在のアイルランド人の国民感情や、軍事的中立というアイルランドの政治的ポリシーを作り上げたのではないか、と。

うまく言えませんが、今、ウクライナの人たちが命をかけて戦っているのは、そんなふうに未来に血をつなげていくためなのだと思います。

ちなみに、マーティン首相も言っていますが、今回のウクライナで起こっていることに関してアイルランドは(軍事的には中立でも)政治的中立ではありません。ロシアのしていることを厳しく非難し、制裁に関しては欧州諸国と歩調を合わせることを明確にしています。
また、アイルランドは中立国であるにも関わらず、シャノン空港を米軍に空輸基地として使用させているという矛盾も抱えており、それについてはまた時間のあるときにお話し出来たらと思います。

さて、セント・パトリックス・デーに向けて気持ちを切りかえていきましょう!☘🇮🇪
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コメント

sima-s

ロシア侵攻以来、21世紀のこととは思えない現実の恐ろしさに、言葉も無く、こちらにコメントもできませんでした。私の周りにこういう思いを話せる仲間も無く、ネット寄付くらいしかできないことに、孤独感に苛まれました。日本でも「核共有」「抑止力強化」の声が高まり、危機感に迫られて、ここの所ずっと「安全保障」「地政学」「国際法」に関する本を読み漁っています。
そんな中、「軍事的中立」を守ってきたアイルランドのお話。それも、大国に長年支配され、独立や人権を求めて戦い、そこで先人が流した血がDNAレベルで受け継がれ、平和への希求を人々の中に根付かせた、と。感じ入りました。「ウクライナで今戦っている人々も、未来に血をつなげていくため」!ああ、そうなのかも。
国内にアメリカ軍の基地がある、という点も日本と似ている(軍事同盟結んでる日本と一緒にするなと怒られそうですが)と思いました。
高度な情報をも分かりやすく親しみをこめて伝えてくださるナオコさまに、いつも感謝しています。

naokoguide

sima-sさんへ
私も今回の件で、普段はあまり手に取らない本を読んだり、ニュースを読み漁ったりしています。なぜこんなことが起こってしまっているのか、どうにか出来ないのか、とにかく正しく知りたくて。
戦争反対とか平和とか、そういうことって、有事のときに言ってももう遅いんですよね。平和なときにしっかり議論しておかなければならないことなんだ、と今回のことで痛感しました。
アイルランドは北アイルランドを妥協してしまったことで、100年経った今も問題を抱えています。日本も戦争で降伏して平和な民主国家となったという印象ですが、一方で沖縄の人たちには犠牲を強いることに。
ウクライナの人たちが自分の命を犠牲にしてでも守りたいものは、未来の平和ですよね。今の自分を犠牲にしてでもより良い未来につなげたいという強い想い。アイルランドの軍事的中立を貫き、人道支援を惜しまない態度は、それに寄り添っているのだと感じます。
こちらこそ、いつも見て下さり、コメントを下さりありがとうございます。嬉しいです!
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naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

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