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アシュリン・マーフィーさんの殺人事件に想う

ここ数日、オファリー県タラモア(Tullamore, Co. Offely)で起こった痛ましい殺人事件のことが、連日ニュースで取り上げられています。
先週水曜日の午後4時頃、23歳のアシュリン・マーフィー(Aisling Murphy)さんという女性が自宅近くの運河沿いをジョギング中に襲われ、帰らぬ人となりました。
犯人はまだ捕まっておらず、動機など詳しいことはわかっていませんが、単独犯による通り魔的犯行と見られています。

小学校の先生だったアシュリンさんは、伝統音楽の奏者であり、ティーンの頃は地元GAA(国技のゲーリックスポーツ)チームで活躍していました。お父さんもよく知られた伝統音楽奏者で、3人兄弟姉妹の末っ子だそう。
家族に囲まれた笑顔の卒業写真、赤いドレスに身を包んだ美しい一枚、職場でのさりげないショット、GAAのユニフォームを着た少女時代…と生前のアシュリンさんの写真の数々や、伝統音楽祭の舞台らしき場でフィドルを奏でる映像(下記)がニュースで紹介され、前途ある若き才能が許しがたい暴力によって失われたことに、アイルランド中が悲しみと怒りに包まれています。



事件以来、アシュリンさんの地元タラモアはもちろん、ダブリン、コーク、リマリック、ベルファースト、デリー…とアイルランド各地で、さらにはロンドン、ニューヨークなど国外のアイリッシュ・コミュニティーでも人々が集い、ヴァジル(vigil)が行われています。(ヴァジル=亡くなった人の追悼や、病気の人のために祈りを捧げる集会)
ダブリンのレンスター・ハウス(国会議事堂)前で行われたヴァジルでは、アシュリンさんの音楽仲間が追悼の意を込めて伝統音楽の演奏を行い、数日たった今も、生花を手向ける人が後を絶たないそうです。



「ラグビーより大切なことがある」と、アイルランド西部のコノート・ラグビー・チームは、球場にアシュリンさんの写真をかかげて追悼しました。



今日はベルファーストのストーモント(北アイルランド自治議会堂)でも、追悼ヴァジルが行われました。



今回の事件がここまで人々の注目を集め、国中がエンパシーを表しているのは、誰にでも起こり得ることだからではないかと思います。
仕事から帰って近所でジョギング、というルーティンの人は山ほどいて、たまたま凶悪犯がいた場所に居合わせたのがアシュリンさんだったというだけで、それは私だったかもしれないし、あなただったかもしれない。

そして、女性に対する暴行という点からも憤りがわき上がっています。人類の歴史が始まって以来、絶え間なく繰り返されてきたこの手の悲劇がまたひとつ増えてしまったことを思うと、やるせない気持ちに。

報道を通じて生前のアシュリンさんの横顔を知るほどに、いち市民として地域のロールモデル的な方だったようです。
教師として未来ある子どもたちを指導し、伝統音楽やスポーツの継承者としての役割も担っていたアシュリンさん。
街頭インタビューに答えたある女性が、そういう人は国の宝なのよ、これは国の損失よ!ときっぱり言い切るのを見て、アイルランドの人たちが何を大切にして生きているのかが浮かび上がったように感じました。
何か目だったことをする人や、著名人、成功者ばかりが偉いんじゃない。日々誠実に働き、地域に根差して活動する一人一人を「宝」と考える国なのです。

こうした殺人事件が起こったとき、アイルランドでは事件の詳細や概要ばかりを強調することはせず、犠牲者が生前どんな人だったのかにも焦点を当てて報道に時間を割くのが素晴らしいと思います。
殺人事件の犠牲者になってしまったことは、アシュリンさんの人生のほんの一部でしかありません。ご本人もご遺族も、彼女がどんな人物で、23年の人生をどのように生きたのか、そのことを覚えていて欲しいと思っていることでしょう。
日本でも芸能人が亡くなったときなどは功績を称える報道がなされますが、事件に巻き込まれて亡くなったいち個人の写真や映像を通常のニュースでここまで流すことはしないでしょう。
亡くなった方の素顔を知ることで他人ごとでなくなり、誰もが自分の身にも起き得たこととしてエンパシーを示し、ヴァジルの輪が広がっていったのだと思います。失われた魂はもちろん、遺族にとってどれだけの慰めになることか。

こういう、人を救ったり助けたりするときのアイルランド人の行動力、団結力にはすごいものがあります。
これを見ていると、大衆の力で世の中を変えていくことは可能だと信じられる。痛ましい事件を痛ましいままに終わらせず、ここから何を感じて何が出来るか、人々が自分たちの問題として行動していることに感動しました。

アシュリンさんの事件現場となったグランド・カナル(Grand Canal)という運河は、我が家のすぐ近くにも流れています。100キロ近く距離は離れていますが同じ運河で、私もアシュリンさんと同じように、この運河沿いをジョギング・コースにしています。
今日はアシュリンさんの追悼の意を込めて、彼女の命が尽きたと同じ午後4時頃に走りました。週末にここでヴァジルがあったのですが、あとで知ったため参加できなかったので。

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ヴァジルで手向けられたキャンドルがそのままに。火が灯されて続けているもののあり、それに倣って私も灯させていただきました

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「アシュリンを忘れない。彼女はジョギングに行っただけ。女性に対する暴力だ」

警察の捜査は続いており、日々新たな情報が伝えられるものの、犯人捜しは一筋縄にはいかないようです。
最初に逮捕された参考人は人違いで釈放され、もう一人の疑わしいとみられる人物は怪我を負い、現在治療中。その回復を待って事情調査とDNA鑑定をを行うとのことですが、今日のニュースでは新たな目撃情報を募っていました。
明日はアシュリンさんの地元の教会で葬儀が行われ、その様子がライブ配信されます。そして、葬儀が行われる午前11時には全国の小学校で子どもたちが黙とうを捧げるとのこと。
ある日突然、娘を、妹を奪われたご家族の心情を思うと、いたたまれません。
アシュリンさんのご冥福を心よりお祈りすると共に、今後このような痛ましい事件が起こらないことを願うばかりです。
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コメント

sima-s

心よりご冥福をお祈りいたします。
人が理不尽に命を奪われたことに対する、アイルランドの人々の、悲しみ、憤り、共感、祈り、そういう気持ちの表し方に、驚き、感動しました。

naokoguide

sima-sさんへ
事件を防ぐことも大切だけれど、起こるときは起こってしまいます。それが起きたとき、そして残念で悲しい結果になってしまったとき、それに対して社会がどう受け止めるか。大事なのはそこではないかと考えさせられました。
被害者のご家族にとってどれほど慰めになることか。
日本で起こっているさまざまな事件も、報道のし方や「見て見ぬふり」な風潮をどうにか出来ないものか、とついつい比べてしまいました。
非公開コメント

naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイド。長野県上田市出身、2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。

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