ハロウィーンが古代ケルト起源の風習で、アイルランド移民により北米大陸に伝えられ、カボチャをくり抜いた提灯も、もとはカブだった…といったことは、これまでも当ブログで触れてきました。
移民先にカブがなかったので代わりにカボチャを使い、今ではそれが定番となったというわけです。
※過去ブログ参照→
ハロウィーンの起源はアイルランド?(2017年10月)/
ハロウィーン近づく!デリー、ミースではハロウィーン祭り(2021年10月12日)
ところが、『赤毛のアン』の作者モンゴメリの作品群を読んでいると、19世紀末~(少なくとも)1920年代頃までは、カナダでもカボチャでなくカブをくり抜いていたよう。
物語の舞台はカナダ東海岸のプリンス・エドワード島。『赤毛のアン』でマシュウがカブの種を撒くとあるように、この島にはカブが豊富にあったからでしょう。
NHKで今シーズン2を放送中の『アンという名の少女』でも、シーズン3(11月下旬よりNHKで放送予定)になるとマシュウが品評会に大きなカブを出展するエピソードがあり、カブが身近な野菜であったことがうかがい知れます。(シーズン3・第6回)

【10/29写真追加】アイルランドのカブ(ternip)は直径15~20センチほどのこんな姿。当地では今も食卓の定番野菜で、さいの目に切って茹でたり、マッシュしたりしたものをニンジンなどと合わせ、肉や魚に添えて食べるのが一般的(ダブリン近郊のスーパーマーケットにて)
モンゴメリ作品にときどき登場するハロウィーンの提灯がカブかカボチャか…というオタクな考察を当ブログで2度にわたり繰り広げさせていただきましたが、先日「アン」仲間との読書会で再読した『ストーリー・ガール(The Story Girl)』(1911年刊)にもヒントがありました。(→
秋の日に読む『ストーリー・ガール』に「ケルト」を見る)
『アンの愛情』のデイビーのお化け提灯がカブだったのか、カボチャだったのか、それが作中で明確にされていなかったことから生じた疑問。この話は、過去ブログから続けて読んでいただけるとわかりやすいかもしれません。
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移民が伝えたハロウィーンと、『アンの愛情』デイビーのお化け提灯のこと(2020年10月)
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ハロウィーンの提灯はカブ?カボチャ?…『銀の森のパット』と『丘の家のジェーン』より考察(2021年4月)
結論から言いますと、『ストーリー・ガール』ではカブ提灯でした!
はしかにかかって生死をさまよう仲間のひとりピーターの病状が落ち着き、安心した子どもたちが穀物倉で秋の夜長を過ごすシーン。
…穀物倉に場所を移して、ダンがカブで作った大ちょうちん(a huge lantern which Dan had made out of a turnip)に灯を点し、本来その日食べる予定だったのに食べなかったりんごを、たらふくつめ込んだ。 お化けランタン(our goblin lantern)の灯かりの下には、楽しげな一団が座っていた。(『ストーリー・ガール』木村由利子・訳、角川文庫、29章)
ストーリー・ガールがピーター本人の声色を真似、 カブちょうちん(jack-o-lantern)のあかりの下、 穀物倉でその手紙を読みきかせてくれて始めて、ぼくたちは元の香を感じることができたのだった。 (同上、30章)
死の影を感じて恐怖におびえたその夜が、死者の霊が降りてくるハロウィーンの晩であったことが、この描写で明らかにされます。
この世とあの世の狭間が曖昧になり、その隙間をぬって悪霊もやって来る。憑りつかれたらあの世へ連れていかれてしまうかも…という、ハロウィーンの意味を知る人にはこの晩がいかに特別な夜であったかが分かる仕掛け。さすがモンゴメリです。
若いピーターの命があの世へ連れ去れずにすんだのは、このカブ提灯が悪霊除けになってくれたおかげかもしれませんね!
以下、モンゴメリ作品から考察するプリンス・エドワード島におけるハロウィーンのカボチャ提灯からカブ提灯への変遷(およびカボチャの普及具合について・笑)を、『ストーリー・ガール』を加えて再度まとめておきます。
※物語の時代設定順。()の年号は作品の発表年
1880年代(1913年)(注1)『ストーリー・ガール』第29・30章
「カブで作った大提灯(a huge lantern which Dan had made out of a turnip)」。どれほど大きなカブだったのか気になる…!
1880年代(1915年)『アンの愛情』第5章
「ジャッキー・ランタン=ハロウィーンの提灯(a jacky lantern)」、村岡花子訳では「お化け提灯」
先の『ストーリー・ガール』同様、カブ提灯でしょう。(モンゴメリ作品にはまだカボチャは登場していない)
1890年前後(1936年)『アンの幸福』/『風柳荘のアン』第4章
ハロウィーンの提灯ではないけれど、食材としてのカボチャ登場!アヴォンリーよりちょっと都会のサマーサイドで、アンは「カボチャの砂糖漬け」を(おそらく初めて)食べる(そして、褒めたら好物と思われて、どの家でも出されて辟易する・笑)
1900年前後(1939年)『炉辺荘のアン』第27章(新潮文庫の村岡訳では第29章)
提灯を作ったとは書かれていないが、ハロウィーンの頃、グレン村の納屋には「大きな黄色いカボチャが山積み」
1906~07年(1919年)『虹の谷のアン』第16章
10月と思われる頃、ノーマン・ダグラスの馬車にはリンゴやキャベツ、ジャガイモなどと一緒にカボチャが積まれている。この頃にはプリンス・エドワード島でもカボチャは馴染みの野菜になっていたのかもしれませんね
1920~31年(1933年)(注2)『銀の森のパット』第12章
ハロウィーンにパットの兄シドが作ったのはカブ提灯(turnip lanterns)!(1921年頃)
カボチャはあっても、まだハロウィーンの提灯はカブ。(銀の森がオールドファッションなだけ…とも考えられなくもないですが)
1930年代?(1937年)『丘の家のジェーン』第28章
「カブやカボチャのジャックオー・ランタン(turnip and pumpkin Jack-o'-lanterns)」 by トロント育ちのジェーン。やっぱりまだカブも健在ながら、カボチャ提灯が初登場!ジェーンが育ったトロントでは、プリンス・エドワード島より先にカボチャ主流になっていたのかもしれません
(注1)『ストーリー・ガール』の時代設定は、物語の語り手ベバリーの回想録であることと、著者の少女時代の自伝的要素の強い作品であることから、モンゴメリの実年齢と重ね合わせての私の推定。
(注2)『銀の森のパット』の時代設定は、第26章でパットが「(第一次世界大戦の)休戦協定が結ばれたとき私は5歳だった」と述べていることから考察。
以上、オタクな考察でにお付き合いくださり、ありがとうございました!
移民先で伝統文化が受け継がれ、普及していった例として、ハロウィーンは興味深いテーマですね。🎃

近年アイルランドでもハロウィーン時期にはカボチャが出回るようになりましたが、私が初めてアイルランドに来た20余年前にはほとんど見られませんでした。カブはかなり固いので、くり抜きやすさとしてはカボチャの方がいいかもしれませんね(近所のダブリン生協にて)
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