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トーマス・ムーアの「夏の名残りの薔薇」のバラ(庭の千草)

NHKで放送中の「アンという名の少女」シーズン2の各回の副題が、この小説からの引用であるということで読み始めたジョージ・エリオット(George Eliot、1819 - 1880)の小説『ミドルマーチ』。
※関連ブログ→『アンという名の少女』シーズン2&3と、伏線となる名作小説たち

19世紀の小説ですから本来、難解な部分もあるらしいのですが、今年全巻が出そろったばかりの光文社文庫の読みやすい新訳(廣野由美子・訳)のおかげで、スラスラと読み進められるのがありがたい。
全90章近くある長編の、まだまだ最初の20章ほどを読み終えたまでですが、まるでジェーン・オースティーンにモーパッサンの『女の一生』を加えたみたいな面白さです。

この『ミドルマーチ』を読んでいてあることを思い出し、今日は仕事帰りにダブリン市内のボタニック・ガーデンス(The National Botanic Gardens of Ireland, Dublin 7)へ足を運び、ある特別なバラの花を見てきました。

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うやうやしく囲われたこのバラが…

日本では「庭の千草」のタイトルで知られるアイルランド民謡、「夏の名残りの薔薇(The Last Rose of Summer)」に詠まれたという、まさにそのバラなのです。

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品種はロサ・キネンシス/チャイナローズ(学名はRosa x Odrata)、日本では「庚申バラ」と呼ばれる四季咲きのバラですね。柵があるのでバラに顔を寄せて香りをかぐことは出来ませんでしたが、ほんのり周囲に香っていました

『ミドルマーチ』第9章にこの歌が出てきます。
高き理想と向上心に燃える若き女性ドロシアが、尊敬に値する(とその時は思えた)父親ほども年齢の離れた牧師と婚約するくだり。
研究者でもあるという彼に釣り合う女性になろうと難解な古典語を勉強するドロシアを見て、後見人である叔父は、女には難しい学問は必要なく、家庭でたしなむ程度にピアノがぽろんぽろんと弾ければ良いのだ、といったことを言います。ところがドロシアは、そういう考えは時代遅れだと思っているので、自分の婚約者はピアノ(などという女のたしなみ程度に考えられている軽薄なこと)が好きではなくて良かった、夫に毎度、「夏の名残りの薔薇」(のような大衆受けする民謡)を弾いてくれと言われたらたまらないわ、と思うのです。
儀式で奏でられるような荘厳な音楽が好み、と分かったようなことを言う婚約者はなんとも胡散臭いのですが、初心で純粋なドロシアは、「私もそういう音楽なら好き!」とすっかり洗脳モード。
ああ、ドロシア、それでいいのか?「夏の名残りの薔薇」も悪くないよー。流行歌を仲良く一緒に歌うような結婚生活の方が、気楽で幸せなんじゃ…と思わずツッコミを入れたくなるシーンです。(笑)

「夏の名残りの薔薇」は、アイルランド人のトーマス・ムーア(Thomas Moore、1779 – 1852)が1805年に詩を書き、1813年に歌集に収録されて世に広まりました。
『ミドルマーチ』は1829~1832年のイングランド中部が舞台ですから、その頃にはすでに愛唱歌として親しまれていたのでしょうね。(小説の発表年は1871~1872年)

トーマス・ムーアはダブリン生まれ。トリニティーカレッジを卒業して弁護士になり、イギリスの社交会で地位ある人たちと付き合い出世していった人ですが、幼少期から音楽や演劇が好きで、出世欲と同じくらいに詩人、歌手、俳優として成功したいという想いを持ち続けていました。
「夏の名残りの薔薇」は、愛する人に先立たれた悲しみを季節外れのバラに重ね合わせた悲しい詞ですが、ムーアが20代の頃、アイルランド南東部キルケニー(Kilkenny)の街近くのジェンキンスタウン・パーク(Jenkinstown Park)という屋敷に滞在した際に創作されたと伝えられています。現在、屋敷は取り壊され、跡地は森林公園(Jenkinstown Wood)となっており、森の中の散歩道やムーアを記念した小さな庭が作られているそう。
ダブリンのボタニック・ガーデンズにあるバラは、この屋敷跡地から移植されたもので、このバラを見てムーアは、「Oh! Who would inhabit, this bleak world alone?(ああ、この荒涼とした世界に、誰がひとりで住めようか?)」と詠んだとされています。
(全歌詞はこちらのサイトなどに日本語訳あり)

日本ではバラが白菊(千草)に置き換えられ、「ああ、哀れ哀れ、ああ、白菊。人の操(みさお)もかくてこそ」と、日本人の心情に合うような詞になったというわけですね。

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庚申バラはちょうどトーマス・ムアが生きた1700年代後半にヨーロッパに入ってきました。チャイナローズの名の通り、中国では何百年も前から栽培されていた品種だそうです

この詩を書いた頃の20代のムーアに歌に詠んだような悲しみの実体験があったのかは分かりませんが、その後の人生では、悲しいかな、彼自身がまさにひとり残される「夏の名残りの薔薇」そのものになってしまいました。
生涯におびただしい数の詩を創作し、小説や伝記も著して有名になり、浪費家で金銭トラブルに巻き込まれて英政府の役職を解雇されるようなこともあったにせよ、キャリアや幼い頃からの夢を叶えるという点では全般的に成功をおさめたムーアでしたが、なんと我が子に先立たれているんです。それも、5人とも全員に。
3人は成人する前に、いちばん長生きした子でさえ40代でムーアより先に逝ってしまいました。自分が創った歌の通りの気持ちを嫌というほど味わったであろうことを思うと、牧歌的な愛唱歌がことさら悲しい調べとなって聞こえてくる気がします。

このバラのことは夏の間に見に来ようと思っていたのにすっかり忘れていました。(昨年行ったオンライン講座の第6回で取り上げたので、昨年来たかったのですが、ロックダウンが続いて叶わなかったので)
でも、花の最盛期でなく、ちょうど歌のとおりの咲き残りの様子が見られたので、このタイミングに来ることになっていたのかもしれません。

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降っていた雨もあがり、花びらにしずくがキラキラ。バラのシーズンも終わりに近づき、まさに「名残りの薔薇」の風情でした
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naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイド。長野県上田市出身、2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。

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