アイルランド国立美術館(
National Gallery of Ireland, Merrion Square West, Dublin 2)にて、20世紀前半を代表するアイルランド人画家、ジャック・B・イェイツ(Jack B. Yeats, 1891-1957)の特別展が先週末より始まり、本日見に行ってきました。
Jack B. Yeats: Painting & Memory開催期間:2021年9月4日~2022年2月6日
場所:アイルランド国立美術館 バイト・ウィング(National Gallery of Ireland, Beit Wing)
料金:16.70ユーロ(各種割引あり)、要予約

現在、美術館の収容人員がまだ60%に制限されているせいか、週末はあっという間にチケットが売り切れに。美術館へのアクセスは、現在、Merrion Sq.側が入口、Clare Street側が出口となっています
こちらの記事内に、展示の紹介ビデオあり。→
Launch of Jack B Yeats exhibition a red letter day for National Gallery of Ireland (Irish Times)
ジャック・B・イェイツは、ノーベル文学賞を受賞したアイルランドの国民的詩人、ウィリアム・バトラー・イェイツ(William Butler Yeats, 1865-1839)の弟で、アイルランド初のオリンピック・メダリストとしても知られます。
1924年のパリ大会で、彼の代表作とされる「The Liffey Swim(リフィー川の水泳)」が銀メダルを獲得。1912年から1948年までのオリンピックには芸術競技があったのです。
前年の1923年に兄ウィリアムがアイルランド人として初のノーベル賞を受賞したのに続き、兄弟でノーベル&オリンピックのメダリストに。この類まれなるイェイツ兄弟は、アイルランド西海岸スライゴで過ごした幼少期の思い出が創作活動の源となったという点で共通しており、アイルランドの田舎の暮らしの一コマや、伝説や神話、そして何よりその土地での忘れがたい思い出を、兄は詩の中に、弟は絵の中に封じ込めたのでした。
今回の展示は昨年春に予定されていたので、あら、オリンピック・イヤーにオリンピアン画家の展示でぴったり、と思っていたらパンデミックで延期になり、そのおかげでジャック・Bの生誕150周年と重なることに。
来年初めまで5か月にわたり、彼の生涯のうち40年間に描かれた油絵84点を公開。そのうち3分の2はこれまで一般公開されたことのない個人所有の作品とあって、大きな注目を集めています。
テーマ別に5つのセクションに分けられている84作品を、約1時間半かけてじっくり鑑賞しました。
この美術館の通常展示でも、スライゴのザ・モデル(
The Model)でも、ジャック・Bの作品はこれまでに数多く見て来ましたが、今回はさすがに初めて見る作品が多すぎて、一度の鑑賞では吸収・消化しきれず。すでにもう、また訪れたい気持ちになっています。
特に晩年の作品群のパワフルさにはただただ圧倒され、一度きりの鑑賞ではちょっとついていけない感じ。絵のテーマとしては、奥さんに先立たれ、兄や妹たち、友人も次々逝ってしまった、もう二度と会えない人たちよ、せめて絵の中で思い出し来世での再会を待ちましょう、といった孤独な胸のうち…のはずなのに、絵から伝わってくるのはものすごい生命力なのです。
死を見据えている人とは思えない、いや、生命の火が消える前の最後の火花というはこういう激しいものなのでしょうか。
なんでもイェイツは、生涯に1200点の油絵を描いたそうですが、そのほとんどが晩年の15年間に描かれたのだそう。
若い頃はイラスト画家で水彩画中心だったので、油絵をメインに描くようになったのが遅かったからかもしれませんが。
「芸術家とは、創り出す人ではなく、思い出を組み立てる人である」といった言葉を残していて、積み重ねた個人的経験を絵の中に投入し、普遍的なものとして残す作業を人生の集大成として行ったんですね。
展示の中には、1990年にカウンティー・ミースのダンセイニ城から盗まれた「Bachelors Walk, In Memory」もありました。いわくつきの作品、ついに見ることが出来た!
イェイツと言ったら、スライゴ、馬、サーカス、祭りや市、列車…といったイメージですが、水中で泳ぐ人とか、ボクシングの試合の絵があったことも新鮮。いくつか心に残る、ずっと見ていたいような新たな「お気に入り」にも出会えました。
また、文学にも造詣が深く、自ら創作することもあったジャック・Bは、絵のタイトルを文学作品から引用することがありましたが、私の好きな19世紀のイギリスの女流詩人、クリスティーナ・ロセッティの「Remember」という詩から取ったとされる「On Through the Silent Lands」という絵もあり、嬉しくなりました。
ロセッティは、「私が遠く、静寂の国へ逝っちゃっても忘れないでね」と詠いましたが、迫りくる死に目を向け始めた80歳のイェイツの絵は、まさにそれに呼応するかのようなものでした。
イラスト画家としてキャリアを出発させたイェイツの30代くらいまでの作品は、晩年のものとは画風が大きく異なります。
ドラムを叩く人の絵など、製作年が隔たる同じテーマの2作品を並べたものもあり、作品が変化して奥深くなっていく様子も興味深かったです。

イェイツの絵がデザインされた特別展への階段。
数年前のフェルメール展の時にはここがフェルメールの絵でした。手前の銅像はイェイツとは直接関係のない、死後に遺産の3分の一をこの美術館に寄贈したアイルランドが誇る文学者、ジョージ・バーナード・ショーです

ミュージアムショップで今回の特別展の図録と、イェイツ特集のアート雑誌、ポストカードを購入。しばらくこれらを読んで楽しめそう!
図録で勉強して再訪すべし、と意気込んでいますが、ジャック・B・イェイツは自分の作品のバックグランドをあまり語りたがらず、鑑賞する人に自由に感じて欲しいと考えていたようです。
だとすると、あまりウンチクを貯めこまず、先入観なしで鑑賞した方がいいのかもしれませんが、やはり仕事柄でしょうか、どうしても人に説明することを考えてしまうんですよね。パンデミックでお客さんは来ないというのに、それでもガイド業から離れられない・笑。
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コメント
松井ゆみ子
彼が油絵の具に出会って、作風がはじけるように自由さを増したのだと思います。
いいですね!芸術の秋だ!The Modelに所蔵作品があるのをすっかり忘れてました。行ってみまーす
2021/09/13 URL 編集
naokoguide
昔の画家はいろいろな工夫をして、手に入る画材や絵の具を大事にしたことでしょうね。絵の具チューブがなかった時代には豚の膀胱が使われた…という話を思い出しました。チューブで絵の具が戸外へ持ち出されるようになったから、モネは戸外で絵を描くことが出来たんですものね。
イェーツの時代には今ほどではなくとも絵の具も画材も豊富になっていたようですが、それでも苦労はあったことでしょう。
そう、芸術の秋。絵画鑑賞にすっかりいい季節になりましたね!
2021/09/13 URL 編集