先日、『丘の家のジェーン(Jane of Lantern Hill)』を再読していたら、主人公のジェーンがなんとアイリッシュ・シチューを作るくだりがありました。
モンゴメリの有名な別作品『赤毛のアン』では、アンは少女のときから家事や庭仕事を仕込まれて育ちますが、厳格な祖母のいる格式ある都会の家で育ったジェーンは、掃除や料理は使用人がすることとされ、したくてもさせてもらえません。
ところが、プリンス・エドワード島の片田舎で父と2人で暮らすことになり、11歳ながら主婦になったジェーン。家をきれいにし、庭に花を植え、火をおこし、料理本と格闘しながら食事を作ります。
すると、もともと備わっていた家事労働のセンスと才能が花開き、自分はなかなか役に立つ人間で、価値ある存在だと気つき、孤独でおどおどした少女だったのが見違えるように活き活きと変わっていくのです。
父と暮らすランタン・ヒルの「買わないうちから自分の家だという気がする家」のキッチンで、時には失敗しながらも、おいしいものをあれこれ作るジェーン。ホット・ビスケット(小さ目のスコーンのこと。プリンス・エドワード島では食事のときのパン代わりに出されます)やチキン料理、プラム・プディングなどは時代設定が1880年代に始まるアン・シリーズにも出てきますが、ロースト・ラムとか、干しダラのボール(codfish balls、フィッシュケーキのようなものでしょうか)やコロッケはグリンゲイブルズのマリラのレシピにはなかったですよね。
『ジェーン』はもはや自動車も電話もある1930年代の物語なので、食材もレシピも豊富になったということでしょう。
ある日のディナーに、ジェーンはアイリッシュ・シチューを作ります。これも、アンの時代には出てきません。
この日、お父さんの母親の思い出の品の詰まった箱が届き、そのことに心奪われていたジェーンは、うっかり塩と間違えて砂糖を入れてしまい、残念な結果になってしまうのですが。飼い犬のハッピーだけは喜んで食べたと書かれています。
ジェーンがアイリッシュ・シチューを知っていたのは、アイルランド移民がそのレシピを北米大陸へ伝え、そちらで普及していたからでしょう。
レシピと言っても、正式な作り方などあるような、ないような、肉と野菜のごった煮。アイルランドでは今はラム肉(またはビーフ)が定番ですが、昔は手に入りやすいマトンで作られ、ジャガイモとカブくらいしか入っていなかったようですが、ほかに入れるものがなかったから。ニンジンだのセロリだのが入るようになったのは、豊かになってからだと聞きます。
移民先では、その土地で手に入りやすい肉と野菜を使うことになるので具材は多少変わるでしょうが、ポイントは「アイリッシュ・シチュー」という呼び名。貧しいアイルランド移民が本国で食べていた、安価で腹持ちのいいごった煮…ということなんですよね。

スケリッグ・マイケルへ行く船の出る、ポートマギーのスケリッグ・エクスペリエンス(Skellig Experience, Portmagee, Co. Kerry)のカフェで食べたアイリッシュ・シチュー。ミニサイズで、カップにレシピが書かれていました(2019年7月撮影)

ニンジンたっぷりで彩りのいいアイリッシュ・シチューは、日本からのツアーのお客様とダブリンのとあるレストランでご一緒に食べたもの(2019年8月撮影)
ジェーンが作ったアイリッシュ・シチューには、いったい何が入っていたのでしょう。物語にその詳細は書かれていないのですが、作者モンゴメリのレシピブックにアイリッシュ・シチューと思しき料理があります。
モンゴメリはおいしいものが大好きで、評判のお料理上手。作家になっていなかったら料理人になっていたかも、と自ら言ったほどでした。その時代は、家に代々伝わる手書きレシピを大切に保管し、主婦同志で新しいレシピを交換し合うなどして書き加え、家庭料理のレパートリーを増やしていったんですよね。
アイリッシュ・シチューは、アメリカの料理本のはしりとされる、ボストン・クッキング・スクール・クックブック(The Boston Cooking School Cookbook、1896年初版)の1918年版に掲載されたとのことですから(→
参照)、20世紀初頭に料理としての体裁を成し、カナダのモンゴメリの住むところへも伝わっていったのでしょう。
モンゴメリのレシピブックを継承した親族がまとめた、
『赤毛のアンのレシピ・ノート L.M. モンゴメリの台所から』(イレーン&ケリー・クロフォード編著、奥田実紀訳、東洋書林)を見ると、「子羊肉のシチュー、炒めじゃがいもぞえ」という料理があります。
おそらくこれが、モンゴメリ流アイリッシュ・シチューでしょう。具材はラム肉、玉ねぎ、カブ、そして、なんとピーマン!ジャガイモは入れないで、ゆでたものを炒めて添えます。
ピーマンとは斬新。シチューに入れておいしいのかな…って気もしますが、彩りはきれいですよね、緑か赤ピーマンを入れれば。
そして、私も家でアイリッシュ・シチューもどきを作る時には、どうしても肉じゃがやカレーのイメージで玉ねぎも入れてしまいますが、そういえばアイルランド人は入れませんね。
ちなみに前述のボストン・クッキング・スクール・クックブック1918年版のアイリッシュ・シチューの具材は、ラム肉、ニンジン、カブ、ジャガイモ。ここまでは王道なんですが、な、なんと、ダンプリングを添えていただきましょう、と書かれているのが衝撃的。
ダンプリング…って、すいとんじゃないんだから(笑)。
移民先での料理の発展の仕方って、面白いですよね。
話を『ジェーン』に戻します。ジェーンのアイリッシュ・シチューは十中八九、ラム肉のシチューだったと想像しますが、ピーマンについてはちょっと疑問。
結婚後のモンゴメリはトロントに近いオンタリオ州に住んでいたからピーマンもあったでしょうが、1930年代のプリンス・エドワード島でシチューにザクザク入れるほどピーマンが普及していたとは想像しにくくて…。でももう島にも自動車も電話もあるから、ピーマンもあったのかな…。
う~ん、結局ジェーンのアイリッシュ・シチューの具材は謎のまま。
モンゴメリのピーマン入りアイリッシュ・シチューもどきが気になって仕方なくなってきたので、近々作って食べてみようと思います。お料理上手だったモンゴメリのレシピですから、意外においしく病みつきになったりして。(笑)
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コメント
ようはっぱ
今でも写真を見ても、材料を見ても、味は想像できないから、本のお料理はどんな味だったのか知りたいですね。
ピーマン問題。
ピーマン好きな私には「アリ」ですがー。
作られたらまた教えてくださいませ。
2021/03/12 URL 編集
naokoguide
モンゴメリのレシピブックは料理の写真がいっさい載っていなくて、それはそれでレシピと当時のモンゴメリ一家の暮らしを読んで自由に想像出来るのでとても楽しいです。
ピーマン、「アリ」…ですか!
そう言われると、私も「アリ」な気になってきました。(笑)
これはぜひ、作って食べて見なくては。そのときはお知らせしまーす!
2021/03/12 URL 編集
松井ゆみ子
昔の農家みたいに、お昼ごはんで。ラムがそろそろ旬をむかえるようで、すっごくやわらかくておいしかったの〜〜
うちは夫マークの母親流で、シチューにペイストリー(ビスケット風のタルト生地。甘くないやつ)を薄くのばして焼いたものを添えます。シチューにじゃがいもが入ってるから、パンを添えるより軽い感じ。シチューに浸しながらいただきます。
今日は、じゃがいもを丸ごと入れて、お醬油で味付けしたのでけっこう和風。
ピーマン入り、アイルランドのパブで遭遇したことがあります!3色のピーマン(パプリカ)をこまかくみじん切りにしたものが、トッピングされててきれいでした・笑
モンゴメリの影響??爆笑
シチュー&ダンプリング、一度トライしたら、やっぱりすいとん風になちゃいました・苦笑。すいとん、けっこう好きなの。パンと卵、ハーブで作ったダンプリング(たぶんドイツ風?)を食べたことがあり、それはすごくおいしかったです。
2021/03/12 URL 編集
naokoguide
物語の中でも、お昼時のディナーに作ったみたいです。当時のプリンスエドワード島の農家の習慣を考慮して、原文のdinnerが昼食と訳されていました。
ピーマン入り、ありましたか!(笑)
結局、なんでも入れちゃっていいんですよね、ごった煮だもの。私は昨日、チキンと野菜いろいろのごった煮スープを作って食べましたが、まるでアイリッシュシチューのチキン版(+マッシュルーム!)みたいな味でした。
考えてみると、食文化って地域や国でそれぞれ違うようでいて、すいとんみたいなものがどこにでもあったり…と、実はよく似てもいますよね。原材料はだいたい、似た通ったか…ってことでしょうかね~。
2021/03/12 URL 編集