先日、
滋賀大学の真鍋晶子先生の授業に呼んでいただき、アイルランドの文化を学んでおられる現役大学生の皆さんにリモートでお話させていただきました。
その後、学生さんから感想をいただいたり、さらなる質問にお答えしたり…とやり取りをさせていただく中で、生徒さんたちの最終レポートを拝見していたら、真鍋先生が授業で取り上げられたという90年代のアイルランドを舞台にした映画『フィオナの海(The Secret of Roan Inish)』(1994)のことがさかんに出てきました。
フィオナの海…懐かしい!アイルランドと関わるようになったばかりの頃、ビデオ・テープで観た覚えがあります。この映画が公開時にはまだ生まれてもいなかった(!)年代の皆さんにも印象深かったということが、なんだか嬉しく思われました。
私が観た時から20年余年、映画公開から30年近く経ち、今では『フィオナの海』を観てアイルランドに来ました、という方もなかなかおられなくなりました。(以前はときどきいらっしゃいました)
物語の細部は忘れてしまったなあ、と思い、久しぶりに観てみると、なるほどこれは素敵な作品。時代設定は1950年前後でしょうか、変わりゆく田舎の人々の想いや暮らしぶりがよく描かれた名作であると思いを新たにしたのでした。
(英語版はオンラインで視聴可能)

原題は「The Secret of Roan Inish」=「ローン・イニッシュの秘密」。写真は
Amazonより
物語はフィオナという母を亡くした10歳の少女が、田舎の漁村に住む祖父母のもとへ引き取られる…というところから始まりますが、この一族はもともと、アイルランド語で「アザラシの島」を意味する「ローン・イニッシュ」出身。
この島の名が伏線となり、フィオナは徐々にご先祖の秘密を知ることになるのですが、アイルランドやスコットランドに伝わるセルキー族の神話がベースとなっています。
セルキー神話は「鶴の恩返し」アイルランド・バージョン…みたいな話で、アザラシの皮を脱いで人間に脱皮(?)した美しい女性が村の若者と結婚し、その皮をひた隠しにするも見つかってしまい、再びアザラシの姿に戻って海へ帰る…といったパターン。
『フィオナの海』以降も、
コリン・ファレル主演の『オンディーヌ 海辺の恋人(Ondine)』(2009)、カートゥーン・サルーンのアニメーション『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた(Song of the Sea)』(2014)といったアイルランド映画で繰り返し扱われているテーマです。
『フィオナの海』は、神話に彩られたミステリアスかつ、おとぎ話的なストーリーでありながら、アイルランドの暮らしの現実がしっかり描かれているところに物語の神髄があると感じました。
舞台はアイルランド北西部ドネゴール(Co. Donegal)ですが(原作小説の舞台はスコットランドらしいです)、アメリカ人のジョン・セイルズ監督は、南西部ディングル半島のグレート・ブラスケット島(Great Blasket, Co. Kerry)の20世紀初頭の島民の暮らしをリサーチして、作品に活かしたそう。
1953年、アイルランド政府の立ち退き勧告により最後の島民が本土に引き上げ、無人島となったグレート・ブラスケット。厳しい環境でのあの暮らしには2度と戻りたくないという気持ちと、生まれ育った島への郷愁が入り混じった複雑な想いが、フィオナの祖父母を通して伝わってきます。
そういえばグレート・ブラスケットこそ「アザラシの島」だった!と、島のビーチ一面にアザラシが寝そべっていた光景を思い出しました。あのアザラシたちは、島を立ち退かされるのがイヤでもとの姿に戻って残留した島民だったのかも…(笑)
※過去ブログ→
アイルランドの西の果て、ブラスケット諸島へ(2009年5月)、
グレート・ブラスケット島へ① 本土を追われた人たちの島(2018年8月)
「東は未来、西は過去。あの島は過去よ」と言っていたおばあちゃんですが…(The Secret of Roan Inish - Trailer)
ローン・イニッシュ(Roan Inish)という島はドネゴールのロスベッグ(Rossbeg, Co. Donegal)半島の5キロほど沖に実在していますが、実際のロケは本土のロスベッグ側に茅葺き屋根のコテージを建てて、ローン・イニッシュに見立てて行われたそう。
制作当時のニュース映像がRTEアーカイブで公開されています。→
Donegal Film-making1993近くのナリン/ポートヌーンのビーチ(Narin/Portnoon Beach, Co. Donegal)や、一部スコットランドでもロケが行われたとのこと。フィオナが海辺でおじいちゃんとタールをかき回すシーンの背後の岩が、いかにもあの地域の変成岩でした。ほのかに青緑色をした、地殻変動により表層にあらわになったヨーロッパでももっとも古いという20億年前の岩盤。
(古いブログ記事ですがこちらに写真あり→
南ドネゴールの秘密のビーチ!(マヘラ海岸))
かれこれ15年近く前のことで記憶があいまいなのですが、地元の友人の案内でこのエリアをドライブしていたとき、コーヒーを飲みに立ち寄ったパブか宿屋かに貼られていたポスターを「ほら、これがこの辺りでロケした映画だよ」と見せられた覚えがあります。今思えば『フィオナの海』のポスターだったのかもしれません。
今回久しぶりに観返して印象的だったのは、家(または土地)とアイルランド人というのは永遠のテーマなんだなあ、ということ。
昨年日本で出版された再話絵本『クリスマスの小屋 アイルランドの妖精のおはなし』にもよく似た空気を感じましたし(そういえばあれもドネゴールのお話でしたね)、また、
先日ひと足先に試写させていただいた、4月に日本で公開される『サンドラの小さな家』も時代はまったく違えど、やはり家を建てることで自分探しをする話でした。
そして、亡くなったフィオナのお母さんの名がブリジッドだったことにも気がつきました!物語の後半で、お父さんとの出会いのエピソードがチラリ語られますが、どうやら聖女ブリジッドのお導きがあったよう。
※聖ブリジッド関連過去ブログ→
「ケルトのマリア様」聖ブリジッドは5世紀のスーパーウーマン!/
「聖ブリジッドの十字架」の由来と風習ベルファースト訛りが可愛いフィオナ役の女の子は、アメリカ人の俳優さんと結婚して、今では3人のお子さんのお母さんになっているようです。
日本語版はDVD化されていないようで、日本で観るには海外版を取り寄せるとか、オンライン配信はおそらくVPN経由でないと難しいでしょうが、チャンスがあればぜひ。
- 関連記事
-
コメント
Reico
2021/02/15 URL 編集
naokoguide
コメントありがとうございます♪
この映画、日本では幻…になってるみたいですね。なぜ日本語版はDVD化されないんでしょう。
アマゾンプライムやGooglePlayでオンライン配信されていますが、日本ではVPN経由しないと見られないのかな。話を知っていれば、英語版でも英語字幕を表示して見ればだいたいわかると思うのですが…。
(イギリスやアメリカのものは私がアクセントが聞き取れないことが多いので、よくそうしています)
原作も素敵なんですね。探してみます!
これを観て、ソングオブザシーを思い出し、また観ちゃいました♪
2021/02/15 URL 編集