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「ケルトのマリア様」聖ブリジッドは5世紀のスーパーウーマン!

春とは程遠いような寒々しい雨の日曜日ですが、古代ケルトの暦の上では明日2月1日から春。
「インボルク(Imbolc)」と呼ばれる日本の立春に相当する歳時で、古代ケルト語で「お腹の中(=ヒツジの妊娠)」とか「発芽」を意味するそうですから、ヒツジの赤ちゃんが生まれ、植物も芽吹き始めるとき…ということですね。

現代のアイルランドでは2月1日は「聖ブリジッドの日」として知られています。ケルトの女神に由来するとされる聖ブリジッド(St Brigid, 453-524)は、聖パトリック、聖コラムキルに並ぶアイルランドの3大守護聖人のひとり。
「ケルトのマリア様(Mary of the Gael)」の異名を持つ人気の聖人で、5世紀にアイルランド初の女子修道院を開き、生涯にわたり貧しい人や病める人のために祈り、施しを捧げたと伝えられています。

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ブリジッドが女子修道院を開いたのはキルデア。キルデアに現存する聖ブリジッド大聖堂(St Brigid's Cathedral, Kildare, Co. Kildare)は1223年建立ですが、聖地としての歴史はブリジッドの時代にさかのぼります(2019年5月撮影)

修道院建立にまつわるブリジッドと布(ショール)の伝説が有名で、一昨日ご紹介した映画『サンドラの小さな家』にもそのエピソードが出てきます。
修道院建設のための土地をください、と王に願い出るも、王はなかなか首をたてにふってくれません。そこで「私が身にまとっているショールで覆えるだけでよいからください」と王を説得。承諾を得たブリジッドは4人の修道女に広げたショールの四隅を持たせ、東西南北へ駆け出すよう指示します。すると布がどんどん広がり、カラ(Carragh=キルデアに隣接する平原)全体を覆いつくしてしまい、その広大な土地に修道院を建てた…と伝えられています。

ブリジッドはそこで作物を育て、家畜を飼い、乳製品を作り貧しい人に分け与え、病人を癒し、金属細工の工芸学校まで開いたと言いますから、経営手腕にも長けていたんですね。
驚くべきことは、男性修道士用の修道院も隣接させて、お隣り同士で共同作業をしていたこと。修道士、修道女は貞操を守り結婚しませんから、独男独女が清く正しく暮らしていたのでしょうか。
内情はともあれ、アイデアとしては驚くほど進歩的。アイルランド各地に修道院を建設し、時にはスコットランドやイングランドへも修道女たちを引き連れて巡礼と施しの旅をし、病める人のために忙しく活動したというその生涯は、まるで5世紀のスーパーウーマン!

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聖ブリジッド大聖堂祭壇のステンドグラス。中央のガラスに聖ブリジッドの生涯のエピソードが描かれています。左は聖パトリック、右は聖コラムキルの生涯(2019年5月撮影)

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キルデアの町の広場にある聖ブリジッド像(2016年6月撮影)

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そのそばには「永遠の炎」を表したモニュメントも。聖ブリジッドは異教徒を象徴する炎を自身のシンボルとしました。大聖堂の建物北側には、ブリジッドの時代から600年間火が燃え続けたという「火の家」跡地(再建)もあり。灰や燃えカスは残らなかったそう…!(2016年6月撮影)

聖ブリジッドの生涯にはさまざまなエピソードがあり、少女時代に継母にいじめられても真っすぐに育ったとか、裕福だった父親の家畜からバターを作り貧しい人に分け与え続けたとか、同僚の盲目の修道女の目を奇跡で直したとか。(ところがその修道女は、ものが見えると祈りの邪魔になるから、と、再び盲目にして欲しいと言うのです…)
中でも衝撃的なのは、神の道へ入ると決心したブリジッドが、求婚者を退けるために「私を醜くしてください」とお祈りしたという話。ブリジッドは大変美しかったので、さすがの神様も気がとがめたのでしょうか、顔の半分だけが痘痕(あばた)になったそう。
16歳で晴れて修道女となり、誓いを立てたとたんに痘痕は消え、もとの美しさが戻ったそうですが。(しかし、いったん修道女になってしまったら、もう結婚は出来ない~)

これは、キリスト教の聖痕(せいこん)伝説の一種なのかな、という気がします。イエスが十字架に磔(はりつけ)にされたときについた傷で、熱心な信者の身体にも現れるというもの。
見た目には醜い傷ですが信者にとっては深い信仰心の象徴、奇跡の象徴のようなもので、同時に、罪深きキリストの痛みを体現し、自己を戒める体罰のようなもの。
その昔、犯罪者の烙印として身体に刻まれたスティグマもここに由来しているんですよね。ホーソンの小説『緋文字』で主人公へスターがつけさせれる、あのAの文字、です。
(現代ではそれは差別だということが理解されているので、スティグマという言葉はネガティブな意味で、より象徴的な意味として使われますが)

ブリジッドにとっての聖痕である痘痕は、俗世の人々にとっては醜さでしかない。でもブリジッドは、美を捨てることで我が道を行き、成功を収めました。1500年も前の故事(伝説)なのに、傷があると(美しくないと)結婚できない、という社会通念が「女性=美」という偏見や固定観念へのアイロニーとなっていることがなんとも興味深く思えてなりません。

男性の修道院長が最高権力を持つ時代にあって、ブリジッドはその行いにより認められ、あらゆる階級の男性とも同等に話をし、仕事をしたと言います。
そして、そんなブリジッド伝が昨今、より注目され、再評価されていると感じます。
女性の権利を擁護、促進する団体が、「聖ブリジッドの日」をアイルランドのオフィシャルな祝祭日にしましょう、と運動していると聞きますし、トリニティー・カレッジでは「ブリジッド:今こそ再生と癒しのとき」(Brigit: A time for Renewal and Healing)と題した、聖ブリジッドが現代の私たちに何を伝えてくれるのか?を考えるオンライン・ディスカッションも開催されるよう。
St. Brigid - Trinity discussion examines her healing and renewing lessons(Irish Central)

とくに今月は、20世紀アイルランドの黒歴史、それこそスティグマとも言える恥ずべき出来事が連日報道され(→アイルランド母子施設で子ども9000人死亡、国が公式謝罪)、その直後の聖ブリジットの日だけに、今日明日の2日間、その犠牲者追悼の意を込めてキルデアの聖ブリジッド大聖堂のラウンドタワーなど国内数か所がライトアップされるとのことです。
St. Brigid's Day light show honors Mother & Baby Homes victims among others(Irish Central)
Kildare's Hill of Allen to light up to mark St Brigid's Day(RTE News)

「聖ブリジッドの十字架」のことも書くつもりでしたが、長くなりましたので、それについては日をあらためて。
【2/1追記】書きました!→「聖ブリジッドの十字架」の由来と風習

※聖ブリジッドに関する過去ブログ
キルデアの聖ブリジッド大聖堂(2016年6月)
グラストンベリーの聖パトリック礼拝堂(2017年7月)
クロンドーキンの聖ブリジッドの井戸(2016年5月)
うるう年のロマンス?(2008年2月)

※参照文献
Wild Irish Women by Marian Broderick (O'Brien Press)
Irish Saints by Padraic O'Farrell (Gill & Macmillan)
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コメント

Wada

立ち寄ります
直子さん、こんにちは。
キルデアの聖ブリジッド教会へは一度も行ったことがありませんでした。キルデアは、いつもケリー州に向かう途中で通過していました。今回のお話しでとても興味を持ち、聖ブリジッドの十字架も見てみたいです。大聖堂も魅力的ですね。私はクリスチャンではありませんが、アイルランドの大小の教会の静寂の空間が大好きです。

naokoguide

Re: 立ち寄ります
Wadaさん、こんにちは。
キルデアってダブリンに近すぎるせいか、ウェストに行くのに通りはしても、以外と立ち寄るチャンスのない場所だったりしますよね。
ブリジッド大聖堂は登れるラウンドタワーもあって、なかなか楽しいです。聖堂に立ち寄ったら、すぐ近くのキルデア・アウトレットへもぜひ。ショッピングでなくて、そこに出ているクレープ屋さんがとってもおいしいので!(笑)
非公開コメント

naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

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