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『青い城』『銀の森のパット』に出てくる「ブラーニーの石」

一昨日の『青い城』読書会で、アイルランドのことが話題になりました。
愛する男性バーニイの賛辞を受けた主人公ヴァランシーが「ブラーニーの石にキスしたのね(Shure an' ye've kissed the Blarney Stone)」と言うシーンがあるから。以下、バーニイの賛辞を含む、該当シーンです。

「月光と青いたそがれの光—その服を着ているきみのイメージだ。とてもいいよ。似合っているよ。きみはいわゆる美人じゃないが、魅力的なものをいくつか持っているまず目だ。それから、鎖骨の間にあるキスしたくなるようなくぼみ。貴族的な手首と足首。小さな頭はいい形をしている。そして、肩越しに後ろを見るときの美しさは抜群だ―とくにたそがれや月光の中ではね。妖精だ。森の精だ。きみは森に似合う、月光さん―森を出たらだめだよ。きみの祖先はどうであれ、きみにはどこか野育ちな、近よりがたい、すれていないところがある。きみの声は、やさしくて、甘くて、ハスキーで、夏のようにさわやかだ。愛をささやくにはもってこいなんだよ。」
「ブラーネー(訳注:アイルランドのブラーネー城にある石で、これにキスをするとおせじがうまくなるといわれる)にキスしたのね。」と、ヴァランシーがからかった。…
(『青い城』、谷口由美子訳、篠崎書林、第30章)


まるでハーレクイン・ロマンス張りの長たらしい誉め言葉!
キスしたらこんなことがペラペラ言えるようになっちゃう、つまりは口がうまくなる、良く言えば雄弁になれるという伝説の石は、訳注の通りアイルランドにあり、今も南部コーク・シティー近くのブラーニー城(Blarney Castle and Gardens, Co. Cork)の一角を成す石として現存しています。
今や「お世辞、お世辞を言う」という意味の英単語にさえなっている「ブラーニー(blarney)」は、アイルランドのブラーニー城に由来するというわけです。
(谷口さんの訳では「ブラーネー」ですが、当地の発音は「ブラーニー」なのでそれに倣います)

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これがブラーニー城。1445年、アイルランド南部マンスター王家の血筋を引くマッカーシー家により築城。この時代にアイルランド各地に建設された典型的なタワーハウス(塔の姿をした要塞)の姿をよくとどめています(2009年10月撮影)

問題のブラーニーの石は城のどこにあるかというと…。高さ26メートルのココです。

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南側面の、上部張り出しの一部。なぜわざわざこんな高いところに…(笑)(2009年10月撮影)

昔は足首をロープで縛り、逆さ吊りになってキスをしたそうです!
今は安全のために取り付けられた鉄の支柱につかまり、仰向けに寝そべってキスをしますが、肝心の石は張り出し下部にあるため、体全体を頭からぐぐっ~と下げないと口が届かない。介添えの人が身体を支えてくれるとは言え、その姿勢はかなりアクロバティック…。腰の悪い方にはお勧めできません(笑)。
キスする人の写真はこちら→Kiss The Blarney Stone

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【1/27追投稿】お客様がご自身で撮影されたキス・シーンをお送りくださいました!こんなふうに下がのぞけてしまうのが怖い~(写真提供:写真家の和田直樹さん)

石のある城のてっぺんまで登るのもなかなか大変で、100段くらいあるでしょうか。500年も前の城ですから螺旋階段。途中から細くなり、手をついてよっこらしょ…みたいな箇所も。
世の中には饒舌になりたい人がたくさんいると見えて、夏の観光シーズンには世界各地からの観光客でひしめき合い、行列が出来るほどの人気です。

読書会メンバーのうち数名はアイルランドに複数回来てくださっていて、2002年の最初の旅のときにブラーニー城へご案内しました。メンバーのおひとりがその時の写真を披露してくれて、大いに盛り上がりました。なんと18年も前、懐かしい!
大勢の人が並んで同じ石に次々キスするなんて、コロナ禍の今ではあり得ない世界(笑)。今後も数年はムリかも…。
あの時キスして饒舌になっておいて良かったわね~、と思い出話に花が咲きました。

さて、『青い城』のバーニイがこの石にキスをしたのかどうかはともかくとして、ブラーニーの石の効能を信じていたのは、他ならぬ作者モンゴメリ自身だったようです。
モンゴメリがスコットランド在住のペンフレンドに宛てた書簡に、こんな記述があるのです。

まあ、ブラーニー城の石でしたら、かけらでも送っていただけさえすれば!どうか、どうか送ってください。その石のかけらを手に入れて大得意になっている自分が今から目に見えるようです。
(『モンゴメリ書簡集G・B・マクミランへの手紙』宮武順三・順子訳、篠崎書林、1905年6月5日の手紙より)


その2ヶ月半後、モンゴメリは以下のように返信しています。

あなたが送ってくださったブラーニー城の石のかけらが今日届き、感謝の気持でいっぱいですので、その《香り》が消えてしまわないうちにすぐに言葉にしなくてはなりません。本当にありがとうございました。これを手にしてわたしがどんなに喜んでいるか、とても言葉では言いあらわせません。この気持ちは、今日はじめてネズミを捕ったわたしの子猫の気持にまさるとも劣らないものです!
もちろん、わたしは少しも疑わずにその石にかけらにキスしました。ととえそれがあのブラーニー城の石そのものでなくとも、長い歳月の間になんらかの効能がきっとこの石のかけらにしみ込んでいるにちがいありません。これからは舌の動きが一層なめらかになることを—あるいは、おそらくその効能がわたしのペンのはこびにあらわれることを—期待しましょう。
(同上、1905年8月23日の手紙より)


この手紙が書かれたのは『赤毛のアン』の出版以前。その後、『アン』をはじめとする数々のベストセラーが世に送り出されたことを思えば、ペンフレンドのおかげで労せずしてキスしたブラーニーの石(のかけら)がモンゴメリの「ペンのはこび」に絶大な効果を与えたことは間違いないでしょう!

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ちなみにモンゴメリに送られた石はどんなものだったのでしょうね。ペンフレンドのマクミランさんのアイルランド土産でしょうか。以前はこういうお土産用の「ブラーニー・ストーンのかけら」をアイルランド各地でよく目にしましたが、そういえば最近はあまり見かけない…。かけらも尽きたのかな(笑)。写真は私が日本で所属する『アン』のファンクラブButtercupsの通信への寄稿(2002年4月号)より

石自体は石灰岩ですが、そもそもどこから来たのかについては諸説あります。モーゼが海を割ったときに水から吹き出した石で、十字軍が聖地から持ち帰ったものだとか、スコットランドから返却されたスクーンの石(Stone of Scone)(※)の片割れだとか。
※スクーンの石=スコットランド王家の守護石で運命の石とも呼ばれる。もとはアイルランドからスコットランドに渡ったスコット族が持ち込んだ。スコットランド独立を目指したロバート・ブルースがイングランドに勝利をあげた1314年のバノックバーンの戦いで、ブラーニーの領主であったマンスター王マッカーシーが4000人の兵を送って加勢したため、その褒賞に石の半分が返却され、それがブラーニーの石となったとの説あり。でも石はそれ以前の戦いでイングランド軍に持ち去られ、ウェストミンスター寺院の椅子にはめ込まれたことになっているので、辻褄が合いません。ちなみにウェストミンスターにあったものは、1996年にスコットランドに返却されています。

いずれにせよ、20世紀初頭にはブラーニーの石の伝説はすでに海の向こうの北米大陸で知られていたということですよね。
伝説の発祥は15世紀、イングランドがアイルランドの領土をはく奪していく中、マッカーシー一族は口がうまく、時の女王エリザベス一世の使者をうまく説き伏せてブラーニーの所有権を維持し続けた…という故事にあるよう。その話に尾ひれはひれがつき、ミステリアスな石の由来と結びついて広まったのではないかと思われます。
さらに19世紀、コーク・シティーにある「シャンドン」のニックネームで知られる(Eのつく!)聖アン教会のF・S・マホーイ牧師が、ファーザー・プラウドのペンネームで『シャンドンの鐘』(1835年)という詩を発表し、その詩の中でブラーニーの石に触れたことも伝説を有名にするのにひと役買ったよう。
「この石に口づけするものは誰でも雄弁になれる、婦人の寝室によじ登るもよし、国会議員になるもよし」…と。

『青い城』の出版は1926年ですから、モンゴメリがペンフレンドに懇願して石を手に入れてから21年が経過しています。その間、石のかけらをずっと所持していたのかは知る由もありませんが、さらにその7年後、1933年に発表された『銀の森のパット』にもまたブラーニーの石を登場させているところをみると、モンゴメリはこの伝説がかなりお気に入りだったみたい。
『銀の森』はアイルランド満載の作品で、主人公パットを可愛がり育てる、準主役とも言えるお手伝いさんのジュディからしてアイルランド人という設定。ブラーニーの石に言及するのもジュディです。

ハリスのほうは、口さえ開けばお世辞たらたらというやりかただった。あの子はブラーニの石(訳注:アイルランドのコーク近くの城内にある石で、これにキスすると、お世辞がじょうずになるといわれる)にキスしたに違いなえだよ、とジュディはしょっちゅう言っていた。
(『銀の森のパット(下)』、田中とき子訳、篠崎書林)


ハリスがパットに言う賛辞もバーニイに負けないくらいブラーニー効果がすごく、「ぼくはペンなどではなく、バラの花で、この手紙を書きたいくらいだ…」などと言っているので、笑うところじゃないけれど、やっぱり笑っちゃいます。

ブラーニー城の庭園も素晴らしく、魔法がかった「妖精の空き地」や「願いが叶う石段」などあり。私のお気に入りは、中世のお城で重宝されたであろう毒のある植物を集めた「ポイズン・ガーデン」です!

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最後にブラーニー城に行ったのは数年前になりますが、こんなお土産ありました。マグネットです(笑)

※『青い城』関連過去ブログ
オンライン読書会 モンゴメリ作『青い城』
『青い城』の「レディ・ジェーン」はモンゴメリ自身の愛車
『青い城』のバーニイは「ティン・リジィ」に乗っていた
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naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイド。長野県上田市出身、2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。

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