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『青い城』のバーニイは「ティン・リジィ」に乗っていた

パンデミック禍に始まった『赤毛のアン』仲間とオンライン読書会。アン・シリーズ全10冊を読み終え、同作者のアン以外の作品も読み進めることになりました。
その第一冊目が『青い城(The Blue Castle)』。新年最初の読書会を来週末に控え、実に20年ぶりくらいに再読したところ、あまりの面白さに夢中になり、あっという間に読み終えてしまいました!

『青い城』は1926年、作者モンゴメリが52歳になる年に出版された長編小説です。モンゴメリ作品はアン・シリーズを始め作者の生まれ故郷であるカナダ、プリンス・エドワード島を舞台とするのが常ですが、この作品の舞台はカナダ本土のオンタリオ州という点で異色。トロントのあるオンタリオ州はモンゴメリが結婚後に移住した地です。
物語の舞台は美しい森と湖のあるマスコウカ地方バラ(Bala)周辺で、1922年、モンゴメリが休暇で訪れたという地。プリンス・エドワード島とオンタリオ州のモンゴメリゆかりの地で唯一私がまだ訪れていない場所で、パンデミックがなかったら昨年秋に行く予定でした。

モンゴメリ作品の主人公はアンのような10代の少女であることが多いですが、『青い城』の主人公ヴァランシーは29歳という大人の女性です。それもアンのようなスーパーポジティブな少女とは似ても似つかない、一度も男性に愛されたことのない不幸な(と本人が思っている)オールドミスという設定。
29歳でオールドミスなんて、私は49歳で未婚よ!と今ならばヴァランシーに言ってあげたいくらいですが(笑)、100年前の感覚だとそうだったのでしょう。
そんな彼女の運命がひょんなことから動き出し、世間に悪漢と噂され、人里離れた奥地に住むミステリアスな男性バーニイに出会い変わっていく…という物語です。

初めて読んだ14歳の時から大好きな作品で、アン・シリーズほどではないにしても複数回読んでいるはず。結末も知っているのに何度読んでもワクワクドキドキ、そして、新たな発見が次から次へとあるのには本当に驚かされます。(モンゴメリの作品はいつもそう!)
中でも、あまりに思いがけず「えぇぇ~」と声をあげそうになったのは、なんと、私の好きな伝説のアイルランドのロック・バンド、ティン・リジィ(Thin Lizzy)の名が突如として出てきたことでした!
(日本では「シン・リジィ」と表記されますが、正しくは「ティン・リジィ」です)

恋人の小径が終わって、ちょうど通りと交わっているところに、古ぼけた車が止まっていた。ヴァランシーは、この車をよく知っていたー少なくとも音だけは。ディアウッドの者なら、誰でも知っていた。"ティン・リズィー"という呼び名は、まだ、一般には広まっていなかったー少なくとも、ディアウッドでは。もし、広まっていたとしたら、この車は、ティン・リズィーのなかでも最もおんぼろのリズィーだと言われただろう。
『青い城』 L.M.モンゴメリ作、谷口由美子訳(篠崎書林)より


…というわけで、正確にはバンド名の由来となった車の呼び名として登場したのでした!

1969年結成(1970年とする説もあり)のロック・バンド、ティン・リジィの名付け親は、創設メンバーのひとりであったギタリストのエリック・ベル(Eric Bell)だと言われています。
はじめは「オーファネイジ(Orphanage=孤児院)」というグループ名で活動していましたが、イギリスのコミック雑誌「ザ・ダンディー(The Dandy)」に出てくる「ティン・リジィ(Tin Lizzie)」という名のロボットからその名を拝借したそう。
(エリック・ベルはイギリスのバンド、ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズ(John Mayall & the Bluesbreakers)のファンで、同バンドがエリック・プランクトンとコラボした1966年のアルバム・ジャケットでプランクトンが「ザ・ビーノ(The Beano)」というコミック雑誌を読んでいるのを見て、その姉妹雑誌である「ザ・ダンディー」を手に取ってみよう、と思ったらしい)

ただ、ティン・リジィといえば、モンゴメリの時代は車のことでした。20世紀初頭のアメリカやカナダでは、大衆車の先駆けとなったフォードT型車のニックネームだったのです。
米フォード社が大量生産を可能にして価格を低下させたことで、自動車が一般大衆に普及することになったわけですが、その大衆車第一号とも言えるのがティン・リジィのニックネームで知られたフォードT型車でした。(「ティン」はブリキ、「リジィ」はエリザベスという女性名の愛称ですから「ブリキのエリザベス」といった意味。車や船など乗り物には女性の名をつけますね)

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これがティン・リジィと呼ばれたフォードT。なんだかまだ馬車のよう!フォード・モデルTラナバウト(1911年以前の最初期型)(Public domain)

「ザ・ダンディー」のロボット名の由来は当然この車でしょうね。エリック・ベルは漫画のロボットと同名となることで著作権を問われることを危惧して、「Tin」を「Thin」に、「Lizzie」を「Lizzy」に綴りを変え、バンド名を「Thin Lizzy」としたと言われています。
※こういうロボットだったようです→75 Years of The Dandy Tin Lizzie by Jack Prout (Peter Gray's Comics and Art)

英語の「TH」は摩擦音で、舌先を軽く上の歯に触れさせながら息を出すように発音する…と私も習いました。日本人には難しい発音のひとつですね。
ところがアイルランド人はこれをしません。母国語のアイルランド語に「H」に相当する音がないためでしょうか、まるで「H」がないかのように「T」と同じに発音します。ですから「Tin」を「Thin」に変えても、アイルランドでは発音は変わらず「ティン・リジィ」となるわけです。
私が日本で「シン・リジィ」と表記されることがどうしても気になり、カタカナ表記をあえて「ティン・リジィ」にし続ける理由はココにあります。

話を『青い城』に戻しましょう。
ヴァランシーが遭遇したおんぼろ「ティン・リジィ」(谷口さんの訳ではティン・リズィー)に乗るのが、悪名高きアウトローで、私が14歳のときに初めて読んだときからどうしても『風と共に去りぬ』のレッド・バトラーにイメージを重ねてしまう(!)、ちょっと不良っぽいワイルドな魅力のあるバーニイ。
けたたましい騒音を立てて走るおんぼろ車で、実は流行りのフォードでさえなく、グレイ・スロッソン(Grey Slosson)であったと書かれています。それが車種なのかメーカーなのかわかりませんが、フォードTより大きくて時代遅れのもののよう。(「バス」のよう、と言われたりしているので)
バーニイはそのおんぼろリジィを「レディー・ジェーン」と呼び、パイプを口にくわえ、髪を風になびかせて、あっけに取られる人たちを尻目に小気味よく町を走り抜けるのです。この常識破りの世捨て人ぶりが、なんとも魅力的。
彼が住む湖の孤島はW.B.イェイツの詩に詠まれたイニシュフリー孤島を思わせ、決してのぞいてはいけない「青髭の小部屋」を持っているところは、なんだか『ジェーン・エア』のミスター・ロチェスターみたい…なんて思ったりして。

思いがけずアイルランド・ネタにつながりましたが、ほかのモンゴメリ作品同様、『青い城』にももっと顕著なアイルランドつながりが出てきますので、またおいおいご紹介します。
プロットの巧みさ、ユーモアに満ちた人物描写、神々しいほどに美しい自然描写はもちろんこと、あらためて調べて深読みしたくなる細々した仕掛けがいっぱいのモンゴメリ作品。読書会当日までまだ時間もあるので、細部をもうちょっと突いてみてさらに楽しもうと思います♪

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よく行く近所のエーモン・ケント公園(Eammon Ceannt Park, Crumlin, Dublin 12)近くにある、ティン・リジィのフロント・マン、フィル・リノット(Phil Lynott、1949-1986年)のペインティング。彼の育った家がこの近所にあり、先月記念プレートがつけられたとのことです→WATCH Plaque honouring Phil Lynott unveiled at childhood home in Crumlin

※ティン・リジィとフィル・リノットに関する過去ブログ
フィル・リノットのドキュメンタリー映画トレーラー公開!(2020年8月記)
シン・リジー結成50周年記念切手!(2019年10月記)
さようなら、フィル・リノットの母・フィロミーナさん(2019年6月記)
ダブリンにてフィル・リノット展開催(2011年3月記)
ジョイスの「ダブリン」とフィル・ライノットの「ダブリン」(2008年12月記)
フィル・ライノットのお墓参り(2008年8月記)
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コメント

Reico

ブリキのリズィー!!
ナオコさん
わーーー!!素敵な記事ありがとうございます!!

興奮!興奮!読みながらなんども声をあげてしまいましたよ。
「青い城」素敵ですね。
なんかバーニイ、ちょっと惹かれてしまいます(笑)

ずっと前にフィルのインタビューで「バンド名の由来はコミックの中のロボットの名前ブリキのリジィからとったんだよ」というのを読んでから気になっていました。
コミックの絵を見せていただいて、もう本当に嬉しいです。感動!

そして、知らなかったもっと詳しいいきさつも!!教えていただいてありがとうございます。ロボット、といっても、それも車から来ていたなんて!
コミックからとろうとした理由も!!エリック・ベルの発想だったんですね。
そしてエリザベス!なのですね。ああなんか納得です。

THはいちいち舌を出すようにと中学の先生に習ってきましたが
ほんと本場はティンですね。
今、そのように発音してニマニマしてます(笑)うふ。

そしてフィルが育った家に観光プレートがついてその式典の様子も見られてうれしいです。わーん、ありがとうございます。式典、のどかですね♪鳥の声もたくさん聞こえて♪
拍手もほのぼのしているように思いました。
フィルのペイントも素敵♪

ダブリン行きたいです。
去年の今頃はお茶の水のイベント会場でお会いしてたのに。
あのときは本当に楽しかったです。
一年後、今の状況になっているなんて想像できなかったですね。
本当に不安はたくさんありますが、出来ることをしながら
元気で頑張ります。ナオコさんも安全に健康に気をつけて
お過ごしください。いつも楽しい記事をありがとうございます。
早く世界中のいろんなことが落ち着いてくれるように祈ります。
そしてまた元気にお会いしましょうね♪

naokoguide

Re: ブリキのリズィー!!
Reicoさん、こんにちは。反応してくださって嬉しい。ありがとうございます!

難しい「TH」の発音をしなくてよくてラッキーです(笑)
私はもうできなくなって、ダブリンの人と同じように、数字のThreeも木のTreeと同じ発音になっちゃってると思います…笑

フィルの家のプレートを見に行きたいのですが、普通の住宅街なので、制限が厳しい今、ウロウロ写真撮りに行くのも気が引けて、まだ言っていません。レベル3に緩和されたら、散歩がてら行ってみようと思っています。
残念ながら映画はまた延期になってしまいました…

バー二イは、ちょっと「キャンディキャンディ」のアルバートさんみたいでもあります。もしもお時間あったら読んでみてください♪
そして、そうですよね、あのイベントが1年前なんて…。前世のことのようです(笑)
Reicoさんとまた元気にお会いできる日を楽しみにしています♪
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naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

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