クリスマス前に書きかけて、そのままバタバタして下書きホルダーに入ったままになっていた日記。
年も明け季節外れとなってしまいましたが、書き終えてアップしておくことにします。
FMまつもとの旅と音楽の番組「
Hickory Sound Excursion」でいつもお世話になっている久納ヒサシさんが、SNSで素敵なクリスマスのお話を紹介してくださいました。
ウェールズの詩人ディラン・トーマス(Dylan Thomas, 1914-1953)作の『クリスマスの想い出(A Child's Christmas in Wales)』という作品。
ディラン・トーマスの作品については代表作が『アンダー・ミルク・ウッド(Under Milk Wood)』というBBCのラジオ・ドラマであるということくらしか知らないのですが、奥さんのカトリン・マクナマラがアイルランド人だったというつながりから、以前から関心を寄せていた作家でした。
「コネマラの女王」と呼ばれたカトリンは、モハーの断崖(Cliffs of Moher, Co. Clare)にほど近いエニシュタイモンの現フォールズ・ホテル(
Falls Hotel)の看板娘でした。今もホテル内には2人の写真が飾られ、ホテルのバーは「ディラン・トーマス・バー」と名付けられています。
2人の激しく複雑な恋愛模様は『ザ・エッジ・オブ・ウォー戦火の愛(
The Edge of Love)』(2008)という映画の題材にもなっています。(日本では劇場上映されませんでしたが、ディラン役はウェールズ人のマシュー・リース、カトリン役はシエナ・ミラー、ディランの初恋の人がキーラ・ナイトレイ、その夫がキリアン・マーフィーという豪華キャスト!)
※関連過去ブログ→
ディラン・トーマスとアイルランド(2008年6月記)
ディラン・トーマスといえば、私のイメージはウェールズのブレンダン・ビーハン(Brendan Behan、1923–1964)みたいな人。上記映画でも、酒飲みで破天荒だけど繊細…みたいなイメージだった気がします。
(ちなみにブレンダン・ビーハンとは、大酒飲み、不良、若くして早世…の芸術家にありがちな三拍子そろったアイルランド人作家。少年院での体験をつづった『Borstal Boy』が代表作で、窓から投げたタイプライターがダブリン作家博物館(
Dublin Writers Museum)に展示されている人です)
そのディラン・トーマスが、こんなに可愛らしい表紙絵のクリスマス作品を残していたとは驚きでした。
しかもこの作品、もとはBBCラジオの子供向け番組用に書き下ろしたお話で、ディラン自身が朗読したそう。本として出版されたのはそのあとでした。
(ラジオDJの久納さんがこの作品に出会ったのは偶然ではなくきっと必然!)
BBCの音源は残されていないようですが、その7年後の1952年、ニューヨークでレコーディングされたディラン・トーマス本人による朗読音源がオーディオブックで聴けることがわかりました。
近ごろ「耳で聴く」読書にはまっている私には朗報。20分強の小品なのですぐに聴けます。ディランの野太くもツヤのある声がすっかり気に入り、クリスマス前のランニング中に繰り返し聴いていました。
A CHILD’S CHRISTMAS IN WALES read by Dylan Thomas, introduced by Billy Collins詩のような散文、もしくは、散文のような詩…とでも言いましょうか。特に何が起こるわけでもないのですが、子どもの頃のささやかなクリスマスの出来事に心がほっこりするようなお話。
クリスマスはいつも雪でトナカイのいないラップランドみたい、ボヤ騒ぎで消防車が来ちゃった、雪ダルマをつくったら兄(弟)がこわした、プレゼントに一喜一憂、新しい靴で雪道に足跡をつけた…といったことが、つらつらと語られていきます。聞き取れないところも多々あるのですが、タモシャンター、ティーコージー、バラクラヴァ…といった言葉の羅列とリズム、そしてディランの少々おどけ気味でドラマチックな口調が飽きずに十分「聴かせて」くれます。
朗読に入る前に簡単に説明されている、レコーディングのいきさつとエピソードも興味深い。
ディラン・トーマスは収録スタジオに遅れて来たばかりか、読むべきテキストを持参せず、しかも酔っぱらっていたらしい(笑)。
5編の詩を収録したLPのB面にこの物語を入れたいと提案したのはディラン自身だったのに、物語のタイトルもうろ覚えで、適当に言った『A Child's Christmas in Wales』がその後正式になってしまったというのも笑えます。(笑)
(イギリスで出版されていたものは『A Child's Memories of a Christmas in Wales』と微妙に違っていました)
レコーディングを手掛けたキャドマン社(Ceadman Recordings)は大学を卒業したばかりの2人のアメリカ人女性が立ち上げたばかりの会社で、これが初仕事でした。初レコーディングの、しかもB面収録のこの物語が思いがけず大当たりして、のちに「オーディオブック・ビジネスの祖」と呼ばれるまでに成長。(1971年に買収され、現在はハーパーコリンズ社がレーベルを所有)
今や無数にあふれ、私も愛聴するオーディオブックの元祖がディラン・トーマスで、しかも彼のイメージとは似ても似つかないような子ども向けの物語だったんですね。
ディラン・トーマスはこのレコーディングの翌年、1953年に39歳で早世。彼がうろ覚えで口走ったタイトルで物語が書籍化されたのは、死の翌年でした。
ところで、作家が朗読するというスタイルは、当時はそれほど珍しくなかったのかもしれません。北アイルランドのルイ・マクニース(Louis MacNeice、1907–1963)もそうでしたし、村岡花子さんも「ラジオのおばさん」として親しまれていました。
昔は物書きという職業は今よりエンターテイナー性を備えていたようです。ジェイムズ・ジョイスは、確か『ユリシーズ』だったと思いますが、自身による朗読音源を残していますし、W.B.イェイツは自身の作品を舞台で演じていました。
イェイツはぶつぶつ声に出しながら創作していたそうですが、音読されることを前提にして書いていたのでしょう。(妹に「うるさい」と言われて台所の隅で詩を書いた、と伝記に書かれていました)
書くことと声に出すこと、文字と音声というのは、表現方法は異なるけれど、実は切り離すことのできない一体化した芸術形態なのかもしれません。
そういえばディラン・トーマスから名前をもらったというボブ・ディランは、ミュージシャンかと思いきや、ノーベル文学賞を受賞しましたよね。ディラン・トーマスの朗読はテノール歌手の歌を聴いているみたい。ボブ・ディランもそんなところにインスピレーションを得たのでしょうか。
母語のアイルランド語が口語である影響か、アイルランドは音の文化が根強いです。
ディラン・トーマスから話がそれてきたので、その話はまたいつか♪
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