ブレグジット(イギリスのEU離脱)の期限が迫り、イギリスとEUの貿易協定などの交渉が大詰めを迎えています。
先月からほぼ毎日のように、カウントダウン、交渉大詰め…と、報じられているものの、両者の主張は平行線のままのよう。EUの交渉メンバーに新型コロナ感染者が出て協議が一時中断するハプニングがあったりもして、遅れに遅れています。
ミホール・マーティン首相は夕方のニュースで、合意の可能性は五分五分、ナイフエッジ(きわどい状況)だと言っていました。
ハード・ブレグジット(合意なき離脱)の可能性がいよいよ現実味を帯びてきています。
アイルランドはその地理的な事情から、EUの中でもブレグジットによる影響がもっとも甚大、かつ直接的です。
イギリスは昨年10月に合意した離脱協定を受けて、今年1月末をもってEUを離脱したわけですが(年内は移行期間)、離脱協定の交渉でももっとも難航したのがアイルランド島内にあるイギリス領北アイルランドの国境問題でした。イギリスが有する唯一の陸の国境線です。
1998年のベルファースト合意(別名:Good Friday Agreement)と呼ばれる和平合意で、アイルランドと北アイルランドはソフトボーダー(自由な行き来)が保障されています。ところがブレグジットでそこがEUの出入り口となってしまうため、行き来する物資の税関検査など国境管理が復活するのでは…との懸念が生じました。
心配しているのは国境での事務手続きで不便が生じることではありません。目に見える国境線の復活は北アイルランド紛争時代の分断を意味し、テロや暴力といった治安上の問題が再浮上する可能性を強めることになるのです。
昨年10月の離脱協定では、北アイルランドとアイルランドはソフトボーダーを維持し、税関検査はそこでは行わずイギリス本土と北アイルランドの間で行うとされたので、懸念は去ったものと思われました。
※過去ブログ参照→
ブレグジットの焦点、これが北アイルランドの国境(2019年10月)
ところが今年9月になって、ジョンソン首相率いるイギリス政府は、取り決めた内容をくつがえしたのです。
アイリッシュ海で線引きすると、イギリス本土から北アイルランドに入るモノが滞って北アイルランドが孤立してしまう恐れがある…云々。イギリス側の権限でモノを移動できる規定を一方的に盛り込み、イギリス議会を通してしまいました。
アイルランドを含むEU側は、そんなことってアリ?と唖然。国際法違反だと非難するもイギリス側は意に介す様子なし…。
※この件について、こちらの記事が図入りで分かりやすいです→
「合意なき離脱」はもはや不可避……イギリスのブレグジット交渉をこじれさせている「北アイルランド問題」とは何か(エコノミストOnline)
そのほか、EUとイギリスが協議で折り合わないことはなんなのか。イギリス海域でのEU漁船の漁業権について、双方の主張が大きく隔たると連日報じられています。
また、公正に競争を行う環境の確保、紛争解決などの方策について意見の相違が著しいとも。
※参考(図入りでわかりやすいです)→
英EU交渉大詰め 漁業権など3分野で相違残る(日本経済新聞)
合意が結ばれたとしても、来年1月1日からイギリスとモノを行き来させるにはこれまで必要のなかったペーペーワークが加わるので、物流に遅れが生じるのは明白です。(場合によっては人の行き来も)
ダブリン港の税関管理は着々と準備を進めていて、イギリス本土との取引船専用の新ターミナル(ターミナル10)が出来上がっていますし、イギリス本土経由でユーロトンネルでヨーロッパ大陸へモノを運ばなくてもいいように、アイルランド南東部のロスレア港からフランスへの新しいフェリーも就航します。
アイルランドとイギリスの間で輸出入が行われているモノは農産物が多いので、物流や関税の変化により、暮らしに直接的な影響が出ることも。
昨今のニュースで、なるほど~とわかりやすかった事例はチップスとサバでした。
【チップス(フライトポテト)】
アイルランドの国産ジャガイモの年間生産量は35万トンですが、フィッシュアンドチップス店やレストランでチップスに使用されるのは、そのうちたった1万トン。チップス用のジャガイモはイギリスから8万トンも輸入されています。イギリス産のイモの方がカリッと仕上がるからだそう。
来年1月1日からイモの輸入が困難、または関税が高額になれば、お店で提供されるチップスの量が少なるなるかも。もしくは、これまでとは違うアイルランド産のイモを使わざるを得ないため、味や食感が変わるかもしれないそうです。大変だ~!
(将来的にはチップス用のイモをアイルランドでより多く生産することになるでしょうが、来年の分はもう間に合いません…)
【サバ】
アイルランド海域の魚の3分の一以上が、イギリス海域から泳いでくるそうです。
サバはスコットランド沖から泳いできますが、合意内容によりイギリス海域で漁が出来なくなると、アイルランド沖まで到達するのを待たなくてはならず、長距離を泳ぐうちに痩せて脂を失ってしまい、おいしいサバではなくなってしまうそう…。
サバはアイルランドから日本へ輸出されますが、脂ノリの悪いサバは日本市場で高値がつかなくなってしまいます。
北アイルランドが税関検査の「抜け穴」となって、取り締まりが難しくなると示唆する人も。
例えばグラスフレッドのアイリッシュ・ビーフですが、国境を越えて目の前の北アイルランドの牧場で1カ月ないし一定期間放牧すれば、それはイギリス産ということになりやしないか。それなら関税なしでイギリス本土へ輸出してもいいんじゃない?と考える人が出るかもしれない…など。
そういった現実的な問題に加えて、人々の思想が「反英」に傾くことも心配されます。ブレグジットがきっかけとなり、アイルランドがその歴史から潜在的に抱え持つ反イギリス思想をよみがえらせることになりやしないか…という懸念です。
これについては、マイケル・D・ヒギンズ大統領が、独立戦争(1919~1921年)100周年の大統領府からのセミナーで見事に釘を刺しました。ヒギンズ大統領らしい洗練された言葉遣いですが、いわんとしていることは、過去に争った相手(イギリス人)とも考えの相違があるのだとしてお互いを尊重し合いましょう、真摯な態度で多様性を受け入れ、分断を越えた未来をつくりましょう、ということかと思います。
今このタイミングでこういうことを発するヒギン大統領、素晴らしい。心から尊敬し、誇りに思います。
この国に暮らしていると、自分と他者の命や安全を大切に守り、自己犠牲を強いることがあっても、誇りをもって正直に生きていくことが大切…といったメッセージが方々から聞こえてくる気がします。ぶれない、ずれない、まっすぐな生き方。
新型コロナにブレグジットに…と困難は山積みですが、こんな時代だからこそ、今年のクリスマスは例年にも増してツリーも飾りも多く、静かながらとても温かな雰囲気に包まれています。

昨日歩いて家に帰る途中で思わず立ち止まって眺めた、教会前の大きなクリスマス・ツリーと路傍のケルト十字
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