ネットフリックスのドラマ、『
ザ・クラウン(The Crown)』のシーズン4が配信され、夢中で見ています。
現イギリス女王エリザベス2世の治世を描いた歴史ドラマ。2016年に始まり、以降1~2年おきに10話からなる各シーズンが配信されていましたが、ネットフリックスユーザー歴の浅い私は最近やっと見始めて、本シーズンに追いつきました。
次のシーズン5の配信は2年後らしいので、見終わってしまったら長い長い『ザ・クラウン』ロスに。はやる気持ちをなんとか抑えて、残り3話のところでストップしています。(おそらく我慢できずに近日中に見てしまうでしょう…笑)
王室のスキャンダルや人間模様が面白いのはもちろん、チャーチルの時代からの歴代首相が出てきて、その時々の政情や大きな事件を軸に戦後イギリス史を追えるのも興味深い。シーズン初期の頃は途中で何度も止めては時代背景や歴史を確認していたので観るのに時間がかかりましたが、時代が進むにつれ知っていることが多くなるせいか、スイスイと観られるように。
若くして戴冠した女王が一夜にして威厳と親しみやすさの両方を身につけたわけではなかったことや、問題発言も多いのになぜか憎めない自由な人、フィリップ殿下の生い立ちや葛藤についてもよくわかりました。
王室の異端児だけど、知れば知るほど憎めないマーガレット王妃の存在も大きい。
最新のシーズン4ではジリアン・アンダーソンが大袈裟なくらいになりきって演じるサッチャー首相が見もの。(役者さんってすごいですよね・笑)
そして、あのピンクのギンガムのサブリナパンツも、赤い水玉のドレスも、ダイアナ妃が実際に着ていたのとそっくり!…と、ついに私がリアルタイムで覚えているダイアナ&チャールズの時代に突入。そこまでダイアナ妃ファンだった自覚はなかったけれど、王室で誰の助けも得られず苦しむ姿には思わず涙してしまいました…。

左からダイアナ妃、女王、サッチャー首相!
このシーズン4ですが、幕開けの第1話にアイルランドが出てきます。
ドラマの始まりから重要な役どころであり、登場回数も多いフィリップ殿下の叔父、ディッキーことルイ・マウントバッテン伯爵の暗殺のシーン。1979年8月27日、スライゴのマラクモア(Mullaghmore, Co. Sligo)に所有していた19世紀の城クラッシーボウン(Classiebawn Castle)に休暇に訪れていた伯爵が、娘夫婦と2人の孫、娘婿の母親を連れてロブスター漁に出たところ、ボートに仕掛けられていた爆弾が波止場から数メートルのところで爆破。マウントバッテン伯爵、孫の一人、ボートで働く地元の少年の3人が船上で死亡、重傷を負ったほかの4人のうち、娘婿の母が翌日亡くなりました。
事件後まもなくIRAが犯行声明を出し、北アイルランド紛争がより加速することに。誕生したばかりのサッチャー政権はIRAの行為を政治活動ではなく犯罪とみなし、刑務所内での彼らの政治犯として権利をはく奪。それに反抗して、1981年のボビー・サンズを筆頭とした獄中ハンガーストライキへとつながっていきます…。(→
ボビー・サンズの映画『ハンガー』)
当時ロイヤルファミリーが寄り付きもしなかったアイルランドを好んで訪れ、マラクモアの村人とも気さくに打ち解けていたマウントバッテン伯爵が、イギリス君主制の象徴としてIRAのテロの標的となってしまったというのはなんとも皮肉な話です。
数年前、スライゴに住む知人の看護師をしていたというお母さんが、事件の犠牲者が運び込まれてきた日のことを今も覚えているわ…と話していたことを思い出しました。
ドラマでのこのシーンですが、撮影場所はどこなのでしょう。まず、事件の朝の城内のシーンですが、窓から見える海が城に近すぎるため、実際のクラッシーボウン・キャッスルではないことは明らか。(クラッシーボウンは海を見晴らす高台にあり海の際に建っているわけではない)
ところが城の全景が映し出されると、背後にベンブルベン(Ben Bullben=スライゴ北部にあるテーブル型の印象的な山)らしい山が見えていること、城周辺の特徴的な木々のかたちから、外観は実際のクラッシーボウンで撮影されたのかな…という気もするのですが、城の形がちょっと違うような。
手元にある写真と、ドラマのシーンを見比べてみました。

クラッシーボウン・キャッスル全景。19世紀築城、ドネゴール産赤砂岩(ドネゴールの赤砂岩は有名で、パリのディズニーランドの城も!)によるバロ二アル・スタイルの城。マウントバッテン伯爵の妻エドウィーナが父親から相続した城で、1960年にエドウィーナが死去した後も、伯爵はこの地を気に入り休暇を過ごしに来ていました(2016年撮影)

こちらがドラマのシーン。右後ろにベンブルベンに酷似した山が。雰囲気はよく似ていますが、こうして見ると尖塔のかたちが決定的に違いますし、建築資材も赤砂岩ではなく、石灰岩っぽいですね
ということは、あの山がホンモノのベンブルベンだとしたら背景は合成…でしょうか?または全く別の場所?
城のあるマラクモア半島から確かにベンブルベンは見晴らせるのですが、見える位置が逆な気もします。

マラクモア・ハーバーも雰囲気は似ているけれど違いますね。ベンブルベン風の山が単独で海上に見えることはないし、実際のマラクモア・ハーバーからあの向きに見えるのはドネゴールの山並みですし…

こちらは海から見たシーン。これはとてもマラクモアらしくて、多少CGで40年前風にしているとしても、実際の場所です、って言われたら、はい、そうですね、って感じです
ちなみにドラマではマウントバッテン伯爵は即死とされていますが、爆破直後はまだ息があり、沖へ引き上げられるまでに亡くなりました。同乗していた娘婿の母はドラマではいませんでした。
伯爵の死の間際のチャールズ皇太子とのやり取りは、時系列が前後したり脚色されたりしてはいるものの、2人が父と息子のような親しい間柄であったことは事実。チャールズ皇太子はこの事件の悲しみから、長い間立ち直れなかったといいます。
暗殺現場となったマラクモアを慰問することを長年ご希望されておられ、2015年5月についに果たされました。
※過去ブログ参照→
「まだ見ぬ人はこれから出会う新しい友」マラクモアは私も大好きな場所で、ツアー中時間のある時にはお客様をお連れして、クラッシーボウン・キャッスルの見える海辺で写真ストップしたり、
アイルランドいちおいしい!99コーンを食べに寄ったりしています。
10年前の大波プローラーの発見以来、
ビッグ・ウェイブのメッカとしてサーファーたちに知られるようにもなりました。

ワイルドな大西洋越しにクラッシーボウン・キャッスルを臨む(2016年撮影)
ドラマの中でディッキーが孫たちと網にかかったロブスターを取り出すシーンを見て、そういえば
この夏、マラクモアでロブスターを丸ごと一匹食べたんだった!と思い出しました。
実際にはボートが港を出て15分後に爆破が起こったとのことですから、その15分でロブスターが採れたのかわかりませんが。
ところで、マウントバッテン伯爵はインドに独立を与えた「最後のインド総督」として知られる人でもあります。
『ザ・クラウン』は1947年、女王とフィリップ殿下の結婚式から始まりますが、その席で首相のチャーチルがマウントバッテン伯爵について「インドを手放しヤツだからな」とぼやくシーンがあり、インドがパキスタンと分離独立した直後の出来事だとわかります。(インドの独立は1947年6月、女王の結婚式は同年11月)
この時の事情は、先日ちょうど、『
英国総督 最後の家(Viceroy's House)』(2017年)という映画を観たばかりでしたので、なるほど、と腑に落ちました。

マウントバッテン伯爵は『ダウントン・アビー』のグランサム伯爵、妻のエドウィーナはサッチャー首相…ではなく、ジリアン・アンダーソン
この映画でのマウントバッテン伯爵夫妻はずいぶん温厚な印象で、実際のクセの強いキャラクターとはかけ離れている感じ。映画の主旨が伯爵夫妻ではなく、インドとパキスタンの分離独立時の事情を描くことだからでしょうが。
かわって『ザ・クラウン』のマウントバッテン伯爵は、見た目も振る舞いもホンモノのディッキーに近い印象です。
シーズン1・2ではエマ・トンプソンの旦那さんのグレッグ・ワイズ(90年代のジェーン・オースティンの映画『いつか晴れた日に(Sense and Sensibility)』で、ケイト・ウィンスレットの相手役のミスター・ウィロヴィー役だったけれど、そこで共演したエマ・トンプソンと結婚)、3・4ではなんと、あの非情なラニスター家のお父さん、タイウィン・ラニスターではないですか!あ、『ゲーム・オヴ・スローンズ』の、です。
彼のことは初めはタイウィンにしか見えませんでしたが、見慣れてきたらタイウィンがディッキーにしか見えなくなってきた(笑)。チャールズ・ダンスという俳優さんだそうです。
話をドラマ冒頭のエリザベスの結婚式のシーンに戻しますと、チャーチルはマウントバッテン伯爵について「(この結婚は)あいつの勝利だ」ともつぶやいています。甥のフィリップを未来の王配にすることで、マウントバッテンの家名を王家の名に…という思惑がすでにここで見え隠れ。それがフィリップに引き継がれ、シーズン1の第3話への伏線となっています。
現イギリス王室のウィンザー家は、マウントバッテン家となったかもしれなかったんですね!
マウントバッテン伯爵はハンサムかつワイルドで、魅力的な男性だったらしいです。妻のエドゥーナとの結婚生活はユニークだったことで知られ、婚外交渉を互いに認め合うオープン・マリッジで、2人ともバイセクシャルであったとの噂も。
インドの独立交渉の際、交渉相手のネール(インドの初代首相)をエドウィーナが誘惑したとのスキャンダルもあったようで、前述の映画ではまったく触れられていませんが、『ザ・クラウン』ではシーズン2の第1話でちらり言及されていました。
第2次世界大戦中、ビルマでの戦いを指揮したマウントバッテン伯爵は日本軍に痛めつけられたことを生涯根に持っていて、自分の葬儀には日本の皇族は参列してくれるな、と遺言していたそうです。
ドラマのウェスタミンスター寺院での葬儀のシーンを見て、ああ、ここには昭和天皇はいないのね、と真っ先に思ってしまいました。
『ザ・クラウン』は予定ではシーズン6で完結とのこと。今後制作される5も、6も、90年代に焦点が当てられるとのことですから、チャールズ皇太子とカミラさんの結婚や、ウィリアム王子&ケイト妃の代までは描かないのですね、きっと。
御年94歳のエリザベス女王もシーズン1の頃は喜んでご覧になられていたようですが、時代が進むにつれリアルすぎて複雑な心境のよう。そういえば、ハリー王子&ミーガンさんが婚約中に一緒に見ていたとメディアで伝えられたこともありました。ミーガンさんの登場までドラマが続けば、自分で自分の役をやるのか?などと言われたりしていましたが、そこまでドラマ化されることはないでしょうね(笑)。
日本でもこのくらい予算と時間をかけた豪勢な皇室ドラマが制作されたら…って想像してみようとしましたが、今活躍している日本の俳優を知らなすぎて、配役がまったく想像できません(笑)。
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コメント
Haru
いつもブログを楽しく読ませてもらっています。私の記憶に新しい場所、かつ、大のお気に入りになった地域のことが書かれていたので、思わずコメントしています。
今年の夏はマラクモアの隣、cliffonyでスティケーションしました。ナオコさんが言及されている通り、『ザ・クラウン』内のお城とベンブルベンの位置関係は明らかに逆ですね。あのお城の周りの風景との調和ぶりが大好きになり、旅行中に見かける度に写真を撮りました。
私達のスティケーションは下調べをほとんどせず現地に行き、airB&Bの貸主から地元情報を聞きかじりまったりゆったり過ごしたせいで、マラクモアにも何回か行ったのにもかかわらずクラッシーボウン・キャッスルの歴史的背景を知らぬままダブリンへ帰ってきてしまいました。
でもナオコさんのこの記事を読んで、そんな深い歴史があった場所だったのか、と瞠目。私はあまり歴史に詳しくないのですが、アイルランドに来てから歴史を知ることの重要さと楽しさを知り折に触れて知識を増やしていこうと思っている所です。
これからもブログ楽しみに読ませてもらいます。
寒くなってきましたが心温まるクリスマスシーズンと新年をお迎えください。
2020/11/30 URL 編集
naokoguide
こんなオタクなネタに反応してくださり、とても嬉しいです!職業柄か、ドラマや映画でアイルランドが舞台になっていると、ついついロケ地を検証してしまって…笑
Cliffoneyでステイケーション、いいですね!私も大好きな場所です。山もあり、海もあり、おいしいものもあり。クラッシーボウンは英国支配のシンボルなのかもしれませんが、景色にすっかりなじんで地元の人たちからも愛されていますよね。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
Haruさんもどうぞお元気で、楽しいクリスマス&ニューイヤーをお過ごしください。これからもよろしくお願いいたします♪
2020/11/30 URL 編集