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「血の日曜日事件」100周年、銃弾に倒れたマイケル・ホーガンの悲願達成

アイルランドは1922年1月に自由国として英国から分離独立したので、今から100年前のアイルランドは独立に向けての動乱の時代でした。
アイルランド自治領の発足を第一次世界大戦を理由に延期した上、なきことにしようとした英国に対して、独立の指導者たちの不満が爆発。表向きは新政府の財務大臣、裏の顔はIRAの情報局長だったマイケル・コリンズらが繰り広げたゲリラ戦線が、1919~21年のアイルランド独立戦争です。

その独立戦争の最中、1920年11月21日の日曜日に、14名の一般市民が英国軍の無差別発砲を受けて殺害されました。「血の日曜日事件」(Bloody Sunday)と呼ばれ、ちょうど100周年にあたる3日前、11月21日に、現場となったクローク・パーク(Croke Park)で大変美しく、感動的なセレモニーが行われました。
新型コロナ禍で集会が制限されているため、8万2000人の観客席は空っぽのまま。14の大きなかがり火だけが灯され、ダブリン出身の、おそらくクローク・パークの半径5キロ以内に住んでいるので来ることが出来たのであろう俳優のブレンダン・グリーソン(Brendan Gleeson)が美しくも悲しい追悼文を読み上げました。


Bloody Sunday centenary commemoration Croke Park, 1920 -2020

ブレンダンが読む追悼文はこんな風に始まっています。

1920年11月21日午後3時15分、日の光がさしたクローク・パークには、ダブリン対ティペラリーのゲーリック・フットボールの試合観戦に15000人が集まっていました。戦時中の貴重なひとときでした…

…続いて語られているのは、こんな内容。
人々の話題はIRAや英国軍のスパイのことだったけれど、この日の試合に臨んだティペラリーのマイケル・ホーガン選手は相手チームのダブリンのフォワード、フランク・バーク選手をマークすることに集中していた、試合直前にチームメイトのビルに靴紐を貸して結んでやったことがビルの生涯の思い出になった…。
3時25分、ホーガン選手がバーク選手のかたわらに立っていたときに襲撃が始まり、弾はグランドを飛び交い、警官が走りまわり、人々が倒れていき…。
フットボールの試合の熱気は一転して惨状に変わったのです。

続いて、帰らぬ人となった14名の名が1人目、2人目…と数え上げられ紹介されていきます。住まいや職業などのプロフィールに加え、亡くなった時の様子も。
結婚式を翌週に控えていたのでウェディングドレスで埋葬された女性、壁によじのぼって逃げる人々を自分が撃たれるまで助け続けた男性、球場の壁に腰かけて観ていたところを撃たれた10歳の子供…。
前述のティペラリーのフットボール選手マイケル・ホーガンはグランドに倒れ帰らぬ人となり、のちに建設されたスタジアム西側のスタンドは彼にちなみ「ホーガン・スタンド」と名付けられました。

8万2000人収容のクローク・パークはヨーロッパで4番目に大きい国立競技場で、アイルランドの国技であるゲーリック・フットボール、ハーリングの専用球場。ラグビーやサッカーと違い、ゲーリック・ゲームズはプロの世界のないアマチュア競技で、アマチュア競技専用球場としてはヨーロッパ一の大きさかと思います。
1920年当時は現在のようなスタンド席はなく、球場の外からグランドが丸見えだったよう。球場は包囲されたかたちとなり、外側から突然の襲撃を受けたわけです。
独立戦争中の出来事とはいえ、アイルランド人の愛国心の象徴とでもいうべき国技ゲーリック・フットボールの試合会場で、選手を含む一般市民が無差別に殺害されたことへの怒り、悲しみはすさまじいものだったことでしょう。

100周年のセレモニーが行われたのが21日の土曜日。翌22日の日曜日にはアイルランド南部、北部でゲーリック・フットボールの2つの地域大会の決勝戦が行われ、ティペラリーが85年ぶりにマンスター大会で優勝、キャヴァンが23年ぶりにアルスター大会で優勝しました。

アイルランドの2大伝統スポーツであり、国技であるゲーリック・フットボールとハーリングは、アイルランド全島に星の数ほどクラブ・チームがあり、選りすぐりの選手が県代表に選ばれます。毎年夏には北アイルランドを含むアイルランド島の32県が参加するオール・アイルランド・チャンピオンシップが開催され、それはそれは盛り上がるのです。
レンスター、マンスター、コノート、アルスターの4地域の勝者4県がクロークパークでアイルランドいちを競うのが8月から9月初め。今年は新型コロナ禍で日程がずれ込み、今やっと各地域代表が出そろったのですが、そのラインナップがなんと「血の日曜日事件」のあった100年前の1920年とまったく同じ4県になったのでした!

レンスター代表はダブリン、コノート代表はメイヨー、マンスター代表はティペラリー、アルスター代表はキャヴァン。
マンスターはコーク、アルスターはドネゴールになるだろう…との多くの人の予想をくつがえし、それぞれ85年ぶり、23年ぶりにクローク・パークへの道を獲得して奇しくも100年前のオール・アイルランド・チャンピオンシップ復刻版になるなんて、驚きや喜びを超えて、何か不思議な力を感じずにはいられません。

GAAcrokers2020
地域優勝の4県チームのキャプテンたち→Repeat of 1920 All-Ireland semi-finals confirmed on weekend of Bloody Sunday commemoration

ティペラリーのユニフォームは普段はブルーx黄色ですが、土曜日のマンスター決勝戦では、血の日曜日事件100周年を記念した当時の復刻ユニフォーム(グリーンx白)でした。袖の部分にはマイケル・ホーガン選手の顔写真が。
これで85年ぶりの勝利を達成したのですから、やはりホーガン選手が力を貸してくれたような気がします。



あるジャーナリストの、「スポーツと感傷は切り離すべきですが、今回だけは例外です!」との興奮したコメントが印象的でした。志し半ばでグランドで銃弾に倒れたマイケル・ホーガンの悲願が達成されたかのようのような勝利。
歴史は繰り返すと言われ、それは良いことでない場合が多いですが、こういうリピートには一種の魔力を感じてしまいます。
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アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

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