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一文無しになった領主の亡霊が出るかもしれない森、マッシー・エステイト

本日より6週間にわたるレベル5の制限下となり、半径5キロの暮らしです。
行動制限前の最後の日となった昨日、そうだ、5キロ以上遠くの空気を今のうちに吸っておこう!と思い立ち、ダブリン山地の裾野の森へ。先日ハイキングに行ったヘルファイヤー・クラブのふもとにある、マッシーズ・エステイト(Massy's Estate, Co Dublin)へ行ってみました。

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車はヘルファイヤー・クラブの駐車場に停めます。道路を渡って少し下ったところに入り口の看板あり

「エステイト」と呼ばれるとおり、19世紀の貴族の屋敷だった場所ですが、屋敷の建物は取り壊されてすでになく、国営の森林会社クィルチャ(Coillte)の管理のもと一般開放されています。
森の中のトレイルはぐるり一周1.5~2.5キロ、色づいた森を鳥の鳴き声を聞きながら歩きました。

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入口を入るとブナが大半を占める並木道が一直線に続きます。周囲を見回すと、森の深いところまで黄金色に染まっていました

この森はお屋敷時代の残骸があちこちに姿を現し、兵どもが夢の跡…そのもの。そして、すぐそばのヘルファイヤー・クラブ同様、ここにもなにやら物騒な言い伝えが…。
それを知るには今はなき屋敷の歴史を紐解く必要があります。

1806年、書籍販売業で財を成した政治家ルーク・ホワイトにより建てられた屋敷はキラキー・ハウス(Killakee House)と呼ばれ、36室ある2階建ての素晴らしい建築でした。
ルークの死後、相続した息子のサミュエルの時代に庭園が整えられ、さまざまな植物が植えられました。鉄骨ガラス張り温室の設計者として名高いダブリン生まれのリーチャード・ターナー(Richard Turner, 1798 - 1881)作の温室もあったそう。ターナーが手がけたガラスの温室は、ロンドンのキュー・ガーデンやリージェント・パーク、ダブリンやベルファーストの植物園などに現存し、その多くが現在も使用されています。

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1865~1914年頃の在りし日のキラキー・ハウス(パブリック・ドメイン)

1880年、サミュエルの甥にあたるジョン・トーマス・マッシーが相続したことで、キラキー・ハウスの凋落が始まります。
社会的地位の高いプロテスタントの一族であったマッシー家はアイルランド各地に土地を所有する大金持ちでした。ジョン・トーマスは頻繁に狩りの催しを開いては、おびただしい数の客人を招きました。屋敷はパーティー・ハウスに成り代わり、森の中に張られた巨大なテントにテーブルをセッティングして、キッチンから食事を運ばせたてピクニックをしたそう。
一族の財産は次第に底をつき、1915年、ジョン・トーマスは銀行に巨額の借金を残して死んだそうです。

気の毒なのは相続した孫のヒュー・ハーモンでした。祖父の車を乗り回しては貴族的な社交生活をつづけたハーモンも、ついには銀食器や家財を売って借金の返済に当てなければならなくなります。1924年、屋敷はついに差し押さえられ、追い出されてしまいます。その頃体を悪くしていたハーモンは自分で起き上がることが出来ず、なんとマットレスに横たわったまま担ぎ出され、門の外の道路に捨てられたのだとか!
大変なスキャンダルとなり、恩情をかけられて初めは門番の小屋に、のちには向かいの執事の家に住むことを許されましたが、追い出されてから1958年に亡くなるまでの30数年間、暖炉にくべる薪にも困り、かつて自分の地所であった広大な森をうろついて薪拾いをする姿が目撃されたそう。
地元の人たちからは「penniless peer(=無一文の同輩)」と呼ばれたそうですが、当時一般のアイルランド人は貧しかったので、貴族級の暮らしをしてふんぞり返っていたあいつも俺たちと同格になったぜ…という、あざけりと同情を込めた呼び名だったのではないかと思います。

森の中に次々現れる残骸の陰に、薪拾いをする無一文のハーモンの亡霊が…なんて想像し始めると、秋の日に輝いてキラキラ見えた森も不気味に見えてきますが、ちょっとハーモンさんがかわいそう。お祖父さんが作った借金のせいですものね…。
実際に目撃談もあるそうですから、やっぱり悔しくて立ち去れないのかなあ。

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入口を入ってトレイルをしばらく進み、石の橋を2つ渡ると、お屋敷時代の製材所跡が。脇を流れる川には水車があったと思わせる基壇部分も見られました

2つ目の石橋から左へトレイルを進み、ウォールド・ガーデンのゲートのひとつらしき遺構を過ぎて右へ。この辺りにはシャクナゲの木が多くありましたので、春の花の季節に来たらさぞかし美しいことでしょう。

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唯一サインポストがあったアイスハウス(氷室)。冷蔵庫がなかった時代ですので、生肉をここに保存していました。冷凍庫もないわけですから氷はスカンジナビアの国などから輸入していたんですよね、当時は…

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アイスハウスの脇は深い谷になっていて川が流れています。この谷間も黄葉が美しい

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さらに進むとウォールド・ガーデンのアーチが。これをくぐりぬけ、壁づたいに左へ歩くと…

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また別のアーチが

このアーチをくぐらずに右へ進むと、リチャード・ターナーのガラスの温室の遺構が見られたようです。トレイルをきっちり予習してメモを持って歩いていたにも関わらず、なぜかアーチをくぐってしまった…(涙)。
当時のガラス片が今も地面に落ちている…と聞いていたので、それを確かめたかったのに残念でした。
(トレイルの矢印が少なく、不明瞭なのです…)

ハーモンの追い出し後、銀行は屋敷を売りに出しますがなかなか買い手がつかず、1941年、資材を再利用する目的で建設会社がついに購入。19世紀の壮麗なマンションは無残に解体されてしまったのでした。
残されていたらどれほどの資産および文化的価値があったことでしょう。しかし、20世紀になるといずれの屋敷も維持に大変苦労し、持ち主の手を離れホテルになったりして生き延びていいるんですよね…。
別の醜いものが建てられて台無しならなかったのが幸い。鹿やリス、キツツキなど野生動物や鳥の棲家として、また地元の人の散歩コースとして大切にされていて良かったと考えるべきかもしれません。

あのアーチをくぐってしまったことで、敷地内に1979年に発見されたという先史時代の古墳ウェッジ・トゥーム(Wedge Tomb)も見逃してしました。移動制限が取り払われたらまた行かなくてはなりません。
ハイキングとしては軽いので、ヘルファイヤー・クラブ(5.5キロ)と組み合わせるとちょうどいいかもしれません。悪魔とか亡霊とかにいろいろ会えそう(笑)。

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森を出て、道路を渡ったところにあるKillakee House Cafeが、追い出されたハーモンが住むことを許された執事の家。脇には馬小屋廃墟もあり

このカフェは営業時間外で閉まっていたので、すぐ近くのティンバートローヴ・カフェ(Timbertrove Cafe)に立ち寄りました。

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もと製材所のカフェで、今も庭に置く木製のあずまやや犬小屋などを販売しています。店内飲食が出来ないので、売り物のあずまやが飲食スペースに(笑)

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ここから一人ずつ入ってテイクアウトして、表へ。ハロウィーン間近でいろいろな形のカボチャが売られていました

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バノッフィパイとフラットワイト・コーヒー。今日からは屋外でも飲食も出来なくなりテイクアウトのみになるので、カフェもこれを最後にしばしお別れです…

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naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

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