先日イニシュマーン(Inis Meain, Aran Islands, Co. Galway)へ行くのに内陸部を通ったとき、少し回り道をしてクロンフェルト大聖堂(
Clonfert Cathedral, Co. Galway)に立ち寄りました。
アイリッシュ・ロマネスクの至宝とされる12世紀のファサードが現存する聖堂。大型バスの行けない辺鄙な場所にあり、これまでずっと行きたいと思いながら訪れるチャンスがなかった場所です。

カウンティー・ケリー(Co Kerry)の守護聖人である「航海士」聖ブレンダン(St Brendan the Navigator)により、6世紀半ばに創始。現在の教会は12世紀建立
繁栄期には約3000人の修道士が暮らしていたというキリスト教の一大コミュニティーでしたが、現存するのはこの聖ブレンダン大聖堂のみのようです。
度重なるバイキングの襲撃で破壊、再建を繰り返し、ヨーロッパ大陸から伝来したロマネスク様式で12世紀後半に再建された姿を今に留めています。

この教会を有名にしている入り口の西のアーチ。まるで司教の帽子のような三角形を配した、ロマネスク様式の典型的な馬蹄型アーチが6層にも重ねられています
アイルランドの初期キリスト教会はロマネスク様式伝来以前に破壊されたか、次の流行であるゴシック様式で改築されたか、そのどちらかである場合が多く、ここまで完全なロマネスク・アーチが現役の教会に残っているのはまれです。
ダブリンのクライストチャーチ大聖堂(Christ Church Cathedral, Dublin 2)、ロック・オヴ・キャシェルのコ―マック聖堂(Cormac's Chapel, Rock of Chashel, Co. Tipperary)(廃墟)など、あるにはありますが、アーチの上に三角形を配するこのスタイルは珍しく、ここ以外では見た覚えがありません。

ロマネスク建築の特徴であるブラインド・アーチ(見せかけだけのアーチ)の技巧が見てとれますが、人頭が組み込まれているのがいかにもアイルランド流。その上の逆三角形にも4段にわたり人頭が…
人頭のモチーフは、前キリスト教のケルトの思想の名残りだと言われます。精霊信仰のケルト人は人頭崇拝があり、人間の頭部には強い精霊が宿っていると考えたよう。戦場から敵の武将の頭部を持ち帰ることが手柄を立てた印であり、頭蓋骨を割って脳髄を取り出し、石灰と混ぜてボール状に固めて家宝にした…なんて部族もあったとか。

砂岩のアーチ。表面はだいぶ摩滅しているものの、抽象的なモチーフが規則的に繰り返される様が美しい

アーチ下の柱頭には動物の顔、その上の細い部分に植物のようなモチーフ。アーチにキリスト教の聖人のモチーフが一切ないのもアイリッシュ・ロマネスクの特徴。この時代はまだ、前キリスト教の自然崇拝の影響が色濃いのです
教会の鍵は隣りの白壁の家が管理しているのでそこで借りて開けると聞いていましたが、この日は開いていました。

内部は主に15世紀、窓のかたちがアーチに尖りのあるゴシック様式です。木の天井は近年の修復と思われますが、美しいロマネスク様式
内陣のアーチにも注目すべき彫刻があります。

まずは向かって右(南)の、このパイプオルガンのある側を見てみましょう

アーチ内側に、私が見たかった彫刻がずらり。下から順に見ていきますと…

有名な人魚の彫刻!みんなが触るせいか、テカテカに黒光りしていました
ここに聖地を開いた「航海士」のニックネームを持つ聖ブレンダンは、弟子を連れて小舟で新大陸を発見したと言い伝えられている人物(到達したのはどうやらアイスランド島だったらしいですが)。その航海物語はギリシャ神話の『オデュッセイア』をなぞらえたような話で、それにちなんでセイレーン(人魚)が彫られたのでしょうか。

人魚の上にはロゼット状の何やら意味深な結び目が。これとよく似た彫刻が、スライゴ・アビー(Sligo Abbey, Slibo)の回廊にあります

そして3人のエンジェル!

さらにその上、大天使ミカエル風の彫像の足元に、トカゲみたいな生き物が…

次に向かい側、向かって左(北)の19世紀の美しいオーク材の説教壇のある側が見て見ましょう。やはりこちらの内陣アーチ内側を見ると…

こちらにも3人のエンジェルと、その横に…

このモチーフは何でしょう?何やら、航海で使う楔(くさび)とか、杭とかに見えるのですが…

こちらも同様に見えますが、縄編み。凝ってる!

そしてやはり、ここにもトカゲみたいな生き物が。柱のもっと高いところにも、もう数匹いました
この生き物は何でしょうか。もしかして、サラマンダーでは?
ベルファーストのアルスター博物館に金とルビーで出来たサラマンダーの装飾品が展示されているのですが、ジャイアンツ・コーズウェイ沖で16世紀末に沈んだスペインの無敵艦隊から引きあげられたもの。サラマンダーは船を火から守ると信じられていたそうです。
「航海士」聖ブレンダンにちなんで海や船のモチーフを散りばめ、教会堂を船に見立てて守り神を配する…という、設計者もしくは石工の粋な計らいだったのかもしれません!
みんなが触れてテカテカになった人魚像には、きっとご利益があるに違いない…と、私も触れてお願いごとを唱えてきました。
ただ、このご時世ですから、触る前、触った後に消毒ジェルで手を殺菌…と、少々ムードのない願掛けとなりましたが(笑)。
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コメント
北の国からSHIGE
キリスト教会には必ず聖人の像がありますが、このクロンフェルト大聖堂に見られる人頭の像は、ケルト人の人頭崇拝を現わしているとのこと。
この大聖堂の成り立ちや歴史が感じられてとても面白いです。
大聖堂の外装や内部の彫刻を詳しく説明していただき勉強になりました。
大聖堂の内部には航海士・聖ブレンダンを偲ばせるものもあり、成る程と思いました。
所で、15枚目の写真にある「このモチーフは何でしょう?」は、これは明らかに錨ですね。
まさに航海士・聖ブレンダンを現わすものでしょう。
グループツアーで、ヨーロッパのどこに行っても見せられるものは教会です。
建物の大きさ、立派さに感心し、内部のステンドグラスに目を奪われ、宗教絵画や彫刻を見て歴史を感じさせられ、はいでは次へ行きましょう、というのがお決まりの行程です。
でも、今回のNaokoさんのブログのように、教会のなりたちや歴史を踏まえて詳しく説明していただくと、教会が過去から現在までのものとして、より身近なものとして受け取れます。
こういったツアーなら楽しいですよね。
先日のユーラシア旅行社の「アイルランド・カルチャー講座」を受講しているような雰囲気で、とても楽しいお話しでした。
有難うございます!
ただ残念ながら、グループツアーでは、こうした詳しい解説を聞くことは難しいでしょうね。
ツアー参加者はいろいろで、興味のあるもの、関心のある分野もいろいろですから。
2020/08/18 URL 編集
naokoguide
ありがとうございます!
素晴らしい教会も、同時代の同様の建築様式のものばかり見ているとやはり飽きてしまいますよね…。
私はあまり巨大で立派なものより、素朴な小さい教会で、ユニークなものの方が好みです。
カルチャー講座のようだと言っていただけて、嬉しいです。
ツアーのご案内がないので、私もこんなふうにここで歴史や文化の話をさせていただくのがとても嬉しいです。
2020/08/18 URL 編集