アメリカの飛行家
・チャールズ・リンドバーク(Charles Augustus Lindbergh)は、1927年、世界で初めて単独での大西洋無着陸飛行に成功しました。
「翼よ、あれがパリの灯だ!」
の言葉で知られるように、ニューヨークを出発したリンドバークが33時間半かけて到着したのは、花の都パリ。
しかし、リンドバークの操縦するスピリット・オブ・セントルイス号の翼が最初に目にしたヨーロッパは、
フランスの大地ではなく、アイルランド南西部ディングル湾付近でした。

ディングル湾を臨む(スレイ岬近く)・2006年6月撮影
霧の濃い、真っ暗な大西洋を抜け、
リンドバークが最初に目にしたのはディングル湾の小さな漁村だったようです。上空からアイルランドが見えた時のことを、リンドバークは以下ように書き残しています。(
CharlesLindbergh.comより、拙訳)
― 数マイル先に小さな漁船が現れ、私はついにヨーロッパの海岸線に到達したことを知った。航路をわずか南にそれた地点で、漁船は一艘だけではなく、何艘かの固まりで数マイルずつ離れて点在していた。
最初の船には人影が見られなかったが、次の船の上を旋回していると、キャビンの窓に男の顔が映った。
さらに高度を下げ、速度を緩めながら、陸地にいる人々に叫びかけてみた。こちらが何か尋ねようと叫ぶと、身振りで返してくる。あの漁師に行く先を示してもらうぞ、と意気込んだが、すぐさま、こんなことは無駄だと悟った。漁師はまず英語を話せないだろうし、たとえ話せたとしても、驚きのあまり答えられないだろうから。それでも気を取り直して、スロットルを閉じて再び旋回を始めた。ボートまで数フィートのところへ近づき、こう叫んだ。「アイルランドはどっちですか?」当然、こんなことをしても無駄で、そのまま航路を行くしかなかった。
1時間もたったであろうか、北東にギザギザした、半分山に覆われたような海岸線が現れた。その時私は、水面200フィート以下を飛んでいた。10~15マイルの距離に陸地がくっきりと見えていたが、それより先は、あちらこちらで激しい雨が降っているのか、ぼんやりかすんで見えなかった。
海岸線は北から東へと傾斜していた。そこがアイルランドの南西端であることはほぼ間違いなかったが、 念のため航路を変えて、陸地のいちばん近い地点へと近づいてみた。
私はバレンシア岬(Cape Valencia)とディングル湾(Dingle Bay)を確認すると、コンパスを再びパリへと向けたのだった。―…とまあ、臨場感あふれる80年前の上空からのレポート!
バレンシア岬とは、リング・オブ・ケリー(Ring of Kerry=ケリー周遊路)沖のバレンシア・アイランド、そしてその北に横たわるのが、ヨーロッパ最西端のディングル半島です。
「ギザギザした、半分山に覆われたような海岸線」というのはスレイ岬の先のスリー・シスターズ辺りを思わせますし、「海岸線は北から東へと傾斜していた」というのも、その通り。ここが
ヨーロッパ最西端、アメリカからいちばん近いヨーロッパなのです。
パリへ向かうスピリット・オブ・セントルイス号が最初目にしたのは、「翼よ、あれがアイルランドの漁船だ!」であったわけです(笑)。
ディングル半島の西端では、今でも日常的にアイルランド語(ゲール語)が話されています。当時はアイルランド語一色でしたので、リンドバークから上空から英語で話しかけても、土地の人には全く通じなかったのでしょう。
リンドバーク自身も言っているように、たとえ彼らが英語を解したとしても、
飛行機など見たこともなければ、その存在も知らぬという時代、目撃してしまった人の驚きは尋常ではなかったと思われます。
確かこの時のディングル半島での目撃談があったはず…と思い調べてみると、手元のメモから、
1998年に亡くなったHugh Curranさんの談話記録が出てきました。
少年だったCurranさんは、前出のスリー・シスターズ近くの
Ballyferriter村に暮らしていました。家の近くを歩いていると、空から聞いたこともないような騒音が…。
今から80年前のディングル半島、飛行機の存在を全く知らなかったCurranさんは、ここで、前日に小学校の先生が話してくれたケルト神話を思い出します。空から「大ワシ」が飛んできて、いたずらな子供をさらってしまう…おそるおそる空を仰ぎ見ると、そこにはなんと「大ワシ」が!とっさにどぶに飛び込み身を隠したCurranさん、「大ワシ」が南の空へと消えていくのを見て一安心したそうです。
その数日後
、「空飛ぶ人間」が大西洋を渡ったとのニュースを耳にしたというCurranさん、その驚きや恐怖は、現代の私たちがUFOを見るよりすさまじいものだったのではないでしょうか。
ところで、
アイルランドの西海岸は、20世紀初頭の航空の歴史にしばしばその舞台として登場します。
1927年のリンドバークに先駆け、1919年、単独ではなかったけれども世界初の大西洋無着陸飛行に成功したイギリス人のジョン・アルコック(John Alcock)とアーサー・ブラウン(Arthur Brown)。彼らが到着したのは、
コネマラの西端のクリフトゥン(Clifden, Co.Galway)でした。
また、1932年、女性として初の大西洋単独無着陸飛行をしたアメリア・イアハート(Amelia Earhart)は、
デリー近くの牧草地に不時着しています。
…と、突然リンドバークについて書いたのは、お友達の
Pearlさんが薦めて下さった
アン・モロウ・リンドバーク(Anne Morrow Lindbergh)の『海からの贈りもの』(落合恵子訳・立風書房)を読んだから。著者は、チャールズ・リンドバークの奥さんだった人です。

50年ほど前のアメリカで書かれたこの書、そこに記された
著者の人生哲学は、今もって色あせることのない普遍的なものばかり。
……どれだけ多くではなくて、どれだけ少ないもので暮らすか。こんな一節は、むしろ現在に生きる私たちにこそ必要な気がします。
おそらく著者は、心に自分だけの島を持ち続けることの出来る人だったのでしょう。
地位や名誉といった贈りものはたくさんもらっていたと思われる著者ですが、
大切なのは「海(人生)からの贈りもの」であることをよく知っていたのだと思います。
リルケやヴァージニア・ウルフに混じって、
アイルランドの国民的詩人W.B.イエーツの言葉も引用されているこの書。
今後、私の愛読書に加えたい一冊です。
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コメント
Pearl
いい本だったでしょう?
私もまた読み返したくなってきました。
2006/12/25 URL 編集
naokoguide
またお勧めあったら、教えてくださいね~。
2006/12/25 URL 編集