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『アンの娘リラ』に出てくるアイルランド③ 泣き妖精バンシー

『アンの娘リラ』に出てくるアイルランド・ネタ① 「アイルランド人のノミ」とは?
『アンの娘リラ』に出てくるアイルランド・ネタ② 「ティペラリーの歌」と第一次世界大戦
…に続き、第3弾です。

アン・シリーズには妖精(fairy)がたくさん出てきます。アンの空想の中に登場したり、自然の中に存在が示唆されたり。
1979年放送のアニメ『赤毛のアン』をリアルタイムで観ていた世代としては、アンの空想から飛び出した妖精たちが擬人化されて、背中に羽根をつけてクルクル踊っていたのを思い出します。ドライアドの泉(Dryad's Bubble)辺りにたくさんいるんですよねー。(ドライアドというのは私は『アン』で知りましたが、ギリシャ神話の木の精だそう)
アンのアニメは今ちょうどTokyo MXで再放送中みたいですね。高畑勲さん、宮崎駿さんらが製作者に名を連ねた不朽の名作。私もつい最近、もう何度目かになるでしょうか、全50話を見直して号泣したばかりです(笑)。

ところで『赤毛のアン』から『アンの娘リラ』までのシリーズ全8作中に「fairy/fairies」という言葉が何回用いられているか、デジタル書籍(アメリカ版)の検索機能で数えてみました。
その数、98回。「fairy」のつく寸劇タイトルなども数に入っていますから、実際の妖精の登場回数はもっと少ないことになりますが、一作に平均12回。結構な頻度ですが、正直なところもっと多い印象でした。

アンの空想の中の「fairy」はアニメで描かれたようなティンカーベル風の小さな女の子の姿かと思いますが、あれはヴィクトリア時代に作られたイメージ。そもそも妖精は天界を追放された堕天使だとか、自然霊が気まぐれに姿を見せたものだと言われる一癖も二癖もある存在で、基本人間にフレンドリーではなく、妖怪じみた気味の悪いものが多いです。
井村君江さん訳のW.B.イエーツ編『ケルト妖精物語』(ちくま文庫)なんて、まともに読もうにも不気味で不可解で、わけがわからないくらい(笑)。

今回『リラ』を再読していて、アイルランドでよく知られた妖精の名が言及されていたことに気がつきました。
不気味なほうの妖精で、まあアイルランドの妖精はどれも妖怪系ではありますが、上述の『ケルト妖精物語』でも結構なページが割かれている「バンシー(Banshee)」です。

ジェムが出発してから三日後にウォルターが行き、マンディを力ずくで馬車にのせて連れ帰り、三日間とじこめておいた。すると、マンディはハンストに入り、夜昼バンシーのような声で吠えるので、あたしたちは放してやらないわけにはいかなかった。さもないと餓死してしまうだろうから。(第8章、新潮文庫、村岡花子訳)

(原文)Three days after Jem had gone Walter went down and brought Monday home by main force in the buggy and shut him up for three days. Then Monday went on a hunger strike and howled like a Banshee night and day. We had to let him out or he would have starved to death.


マンディというのは出征したアンの長男ジェムの愛犬で、ジェムが行ってしまってから4年半もの間、駅で帰りを待ち続けた忠犬です。上述の事件から家族は連れ戻すのをあきらめ、駅に小屋を建ててやり、食べ物を持って行ってやります。
待ちに待ったジェムが帰ってきた時には、すっかり歳を取ってリューマチをわずらい、ヨロヨロ歩くようになっていました。ところがジェムが列車から降りてくるのを見るや否や、まるで子犬に戻ったかのように疾走し、気が狂わんばかりに吠えて飛びつくのです。
涙なしでは読むことの出来ない名場面です。

ジェムに去られ、閉じ込められた犬のマンディの遠吠えは、哀愁とやるせなさと反逆が入り混じったような、なんとも気味の悪いものではなかったかと思います。その声の例えとしてあげられたバンシーとは、訳注に「アイルランド、スコットランドで慟哭して家族の死を知らせるという女の妖精」とある通り、死亡予告に泣きに現れるという恐い存在。アイルランド語で「バン(bean)」は「女」、「シー(sidhe)」は「丘、塚→(そこに棲むとされる)妖精」なので、女妖精です。
苗字にオー(O)とかマック(Mc)の付く由緒正しい旧家に現れるとされていて、これまで聞いたり読んだりした話から私がイメージするのは、裏庭の井戸にすわってすすり泣く、長い髪をした若くて美しい女性の姿。すすり泣きが聞こえたら、その家には間もなく死人が出る…というのです。
スコットランドでは皴だらけの老婆の姿で現れるそうですから、スコットランド移民の末裔である作者モンゴメリがイメージしたのはそちらだったかもしれません。

バンシーについては、目撃談を聞いたことがあります。かれこれ10年程前だったでしょうか、その頃よく仕事で一緒になったトニーというバス・ドライバーから。
子どもの頃、裏庭(彼の家は井戸はなかったそう)ですすり泣きが聞こえ、やせた女の人がいたと。その夜だったか翌日だったかに、トニーのおじいちゃんが亡くなったそうです。

ダブリンにレプラコーン博物館(National Leprechaun Museum, Dublin 1)というのがあり、雑誌の取材で行った時に案内してくれた若いお兄ちゃん、ショーン君がアイルランドの伝承や妖精、妖怪にものすごく詳しくて、バンシーについて熱く語ってくれたのを思い出します。2013年のこの取材のときです。→クウネル最新号 「アイルランドへ妖精を探しに」 発売中
バンシーがなぜ泣くのか。その核心をついた話に目からウロコ…だったのですが、内容が思い出せない。そこで当時の「ku:nel(クウネル)」を見てみると、ご一緒したライターの鈴木るみ子さんがちゃんと書いてくださっていました。

(バンシーは)不吉な妖精でありながら悲しみを共有してくれる存在でもあり、ショーン君いわく「バンシーが現れるのは人間に限りある生を楽しんでほしいから。彼女たちは平和的な性格で、妖精仲間にも「もう人間を許そう」ともちかけて仲間はずれにされてしまったんだ。バンシーがいつも泣きはらした赤い目をしているほんとうの理由を、みんな知らないのさ」。
やれやれと首をふるショーン君は妖精博物館で働きながら民話学(フォークロア)の勉強をしている。…
(ku:nel(クウネル) 64号  2013.11.1 マガジンハウス p.10-11より)


ああ~、可哀そうなバンシーさん。不気味な泣き声は、自分自身の悲しみだったのね。そう言われてみれば、ケルトにとって死とは単なる肉体の終わりに過ぎないのですから、バンシーの鳴き声は魂の国へようこそ…というサインとも取れる。
死は決して終わりではないのですから。

それにしてもライターの鈴木るみ子さん、写真家の高橋ヨーコさんとご一緒した、この「ku:nel(クウネル)」の「妖精を探す」旅はすごかったなあ。本当に面白い取材旅行でした。
コネマラのそれこそmiddle of nowhere(辺りに何にもない人里離れた場所)で車が突然故障したんです。イニシュマーンでは危うくあちらの世界へ連れて行かれそうになりましたし…。妖精の気配を肌で感じたからこそ書けた、そして撮れたものが、今見ても紙面からリアルに伝わってきます。

kunel642013
「ku:nel(クウネル) 64号」高橋ヨーコさん撮影の表紙。妖精の森で撮影したなあ、懐かしい

あちこちに話がそれましたが、犬のマンディのバンシーみたいな遠吠えがどんなだったか、想像してみていただければ幸いです☘
ちなみに、アイルランドの妖精代表とも言えるレプラコーンは、アン・シリーズには出てこないのですが、モンゴメリの別作品『銀の森のパット』に言及されています。パットの家の住み込みお手伝いさんジュディがアイルランド人なので…。
その話もまたそのうちに。
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コメント

No title

「アンの娘リラ」のアイルランドにまつわる考察、第2弾も面白く、コメントをしたいと思っていたところ第3弾が来ました! 
私が「アンの娘リラ」を早く早くと読み進めていたのは 、マンディのバンシーみたいな遠吠えが私の胸をしめつけ、ジェムが帰ってきて子犬のように喜ぶこの場面で涙したかったからです。ナオコさんの何十年にもわたるアン研究を読んで、「本ってこんなふうに読むのだ」と知り、読書の厚み、深みが増しました。感に堪えません。もう一度読んでみます。

アンナムさんへ

まあ、アンナムさん、早速見てくださりありがとうございます!
いえいえ、アンナムさんの記憶力や暮らしへの取り入れ方にはいつも感服しています。

リラはいろいろな視点から読めますよね。
私の持っている古い判にも原書にも、この作品がスペイン風邪で亡くなった親友フレドりカへ捧げれた…っていうのがなかったので、その部分にあらためて興味を持ち、書簡集を読み始めました。
本当に興味がつきません。アンナムさんがおっしゃったように、アンがあれば一生楽しめますね。

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Author:naokoguide
アイルランド公認ナショナル・ツアーガイド。長野県上田市出身、2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。

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