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『アンの娘リラ』に出てくるアイルランド① 「アイルランド人のノミ」とは?

明日のオンライン読書会に向けて、ここしばらく『アンの娘リラ(Rilla of Ingleside)』を読み返していました。
アン・シリーズ最終作で、アンの6人の子どもたちの中の末っ子リラが主人公。牧歌的な少女時代を過ごしたアンとは違って、第一次大戦禍で青春を送ることになったリラの成長を軸に、戦時下の人々の暮らしや心情が見事に描かれています。
涙なしでは読み進めることの出来ない、シリーズ中特に好きな一作。明日の読書会でアン仲間たちと語り合うのが楽しみでなりません。

さて、モンゴメリのほかの作品同様、『リラ』にも気になるアイルランド・ネタがいくつかあるので(ほかの作品に比べて多い!)、何回かに分けてごご紹介しようと思います。

まずは気になるこの表現。
戦地に赴く前に愛の告白をしにリラのもとへやって来たケン。リラが育てている戦争孤児の赤ん坊が泣いて邪魔をし、やっと泣きやみ眠ったと思ったら、今度は住み込み家政婦のスーザンが買い物から帰って来て一緒にすわって話しこんでしまう。
リラたちの幼な友達のメアリー・ヴァンスに店で会ったと言うスーザンは、彼女の様子を「アイルランド人のノミ」に例えてこう言います。

メアリーはアイルランド人のノミのようにぴょんぴょん跳んで歩いてましたっけ
(『アンの娘リラ』第16章 新潮文庫・村岡花子訳)

(原文)
she was stepping round as brisk as the Irishman's flea


確かにメアリーという子はいかにも落ち着きがなく、ぴょんぴょん飛び跳ねていそうな女の子です。「アイルランド人のノミのように…」というのは英語の慣用句なのだろうか?と思い調べてみるも、辞書にはない。代わりに出てきたのは、思いもかけない古い動画でした。


Robert P. McGregor: The Irishman's Flea(The HeART of Deaf Culture)

1分半ほどの短い白黒の無声手話映画。1912年頃、ロバート・P・マクグレガー(Robert P. McGregor, 1849 - 1926)というアメリカ人のろう教育者が書いたものをもとに製作されたものとのこと。
マクレガーは8歳で聴覚を失い、地元オハイオ州のろう学校から大学に進み、修士課程を修めたのち教職に就きます。生涯にわたり聴覚障害者の声を発する権利を提唱し続け、ろう教育における口話(聴覚障害者が発話により意思伝達を行うこと)の発展に寄与した人のようです。
その一環として制作された3つの手話映画のうちのひとつが「アイルランド人のノミ」で、当時のろう教育の現状を風刺的に訴えているよう。
(参考→Deaf Subjects: Between Identities and Places

映像をコマ割りして、手話内容を説明した動画があったので、それを観て意味がわかりました。
とあるアイルランド人がノミに悩まされ、体中探してやっと捕まえた!と思って手を開いたら、そこにはいなかった。
それと同じように、口話の出来る成功した知的なろう者がいると聞いて、ボストン、ニューヨーク、シカゴと訪ね歩くも、そんな人はいない。苦労してつかまえたと思ったノミがいなかったように、口話で成功するなんてことは幻想にすぎない、と。
ノミという例えも、大げさな手話もコミカルですが、当時のろう教育の困難や社会の無理解を風刺的に表現したものと思われます。

聴覚障害者のコミュニケーション手段として手話は知っていても、口話についてはよく知らず調べてみると、口話は20世紀初頭にアメリカから日本に入って来て、ろう教育の中心となった、という記述がありました。マクグレガーのような人が先がけとなり、日本を含め世界へ広まったのでしょうか。
ご興味のある方は、日本のろう教育が手話→口話→そして今はその2つの併用と変遷した歴史がこちらに分かりやすく書かれています。→手話と口話-ろう教育130年の模索-(NHKハートネット)

新型コロナの騒動が始まってからというもの、多くの人が日々政府の記者会見を見るようになり、手話通訳者が注目を集めています。
決まった数名の顔がすっかりお馴染みとなり、私のお気に入りは、ヴァラッカー首相などの通訳をよくしているテスさんという女性。身振り手振りはもちろん表情も豊かで、まるでダンスをしているかのような軽快なリズムなんです。彼女はTikTokダンサーのようだとSNSで揶揄され、それじゃあ、やってやろうじゃないの!と、本当にTikTokでダンス映像を配信して応戦したという素晴らしいユーモアの人でもあります!(笑)
北アイルランドでは会見の時は必ず2人の手話通訳者がつくので、どうしてかな?と思っていたら、同じ疑問を持つ人が多かったようで、あるときニュース記事になっていました。手話は国によって形式が違い、同じ英語通訳でもアイルランド式とイギリス式があるため、2つのアイデンティティーを持つ北アイルランドでは両方を採用しているのだそう。知らなかったー。

話を『リラ』に戻します。
『リラ』の時代背景は1914~18年で、出版は1921年。マクグレガーの手話映画は1912年に世に出て、その手をバタバタ振り回したりする動作の可笑しさも手伝って、当時のアメリカ、カナダで広く話題になったのではないでしょうか。
どちらかと言ったら本来の内容は置いていかれて、「アイルランドのノミ」と言ったら、あ~、あの手をぐるぐる回したりしてカクカクバタバタ動くアレね~!というふうに人々の記憶に残っていったのかも。
とすると、メアリー・ヴァンスは単にノミのように飛び跳ねたのではなくて、そこには「アイルランド人のノミ」の動画のような、少々ぎこちないカクカクした動きがあったのではないでしょうか。それこそ、TikTokダンサーみたいな(笑)。メアリーという子は確かに、これ見よがしのひと目につく動きををコミカルにしそうな子なんです。
私のイメージの中のメアリーっぽい動きとしては、動画の25秒からの数秒間。そこがまさに、アイルランド人男が体中ノミを探して両腕をぐるぐるまわす場面です(笑)。

ちなみに、物語の展開としてこのくだりが可笑しいのは、そのあとのリラの反応です。
スーザンの言葉を聞いたリラは、ノミだなんて、なんてひどい例えをするのかしら、スーザンは!そんな話をしたら、今目の前にいる大好きなケンが、この家にはノミがいて、そこからメアリーにうつったんじゃないかって誤解するじゃないの!…と内心いきり立つのです。
リラはこの時16歳。64歳のスーザンには「アイルランド人のノミ」といえば当然あの動作のことでも、若いリラは知らなかったのでしょう。

ここまで調べたものの、ではどうしてノミの持ち主がアイルランド人でなければならなかったのか?という根本的な疑問にはかすりもしませんでしたね(笑)。
思うに当時のアメリカでは、アイルランド移民は貧しい下層階級で、ノミがいる人たちの象徴として、説明する間でもなく当たり前のことだったのかもしれません。

毎度のことではありますが、気になる一文から、またもや思いがけない長い脱線になりました。でもこれがモンゴメリ作品の楽しいところ♪

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Author:naokoguide
アイルランド公認ナショナル・ツアーガイド。長野県上田市出身、2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。

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