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U2のボノ、新型コロナ危機で見せたアイルランドの「ソフト・パワー」

U2のボノが韓国の文大統領に、医療装備やPCR検査キットを譲ってください!費用は私が払います!と直談判したことが韓国メディアより伝えられ、日本でもネットニュースで報じられました。
U2のボノ、文大統領に書簡「韓国の診断キットを故国に寄贈したい」

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写真は同様の内容を報じた当地のニュース記事より転載→Bono asks South Korean President for PPE and medical equipment for Ireland(RTE News)

昨年12月、韓国で初のU2コンサートを行った際、ボノの希望で文大統領と面会し、親交を深めたよう。
新型コロナ感染防止の取り組みに関してアイルランド政府は韓国をお手本にしており、ボノも文大統領なら…とお願いをしたのでしょう。大統領は前向きに検討します、といった内容の返信をしたとのこと。
この報道がきっかけで広まった話ですが、実はボノの新型コロナ危機への尽力はこれが最初ではありません。U2としてすでに1000万ユーロ(約12億円)を投じ、ボノ自らのコネクションを手繰って中国から運んだ医療装備や検査キットは、アイルランドの医療現場にすでに届けられています。

今、日本の医療機関でも不足が叫ばれているPPE(=Personal Protective Equipment)と総称される医療用マスク、ゴーグル、防備服などの医療装備。医療従事者をウィルスから守るために必須のものであり、これが不足して医師や看護師に感染が拡大すると、新型コロナだけでなくそれ以外の患者さんも救うことが難しくなり、医療崩壊を招く…というのは周知のとおりです。
アイルランドでも足りなくなることは目に見えていましたから、政府は感染初期の早い時点でいち早くアクションを起こしました。
2億800万ユーロ(約240億円)という巨額の予算を投じ、アイルランドのフラッグキャリア、エアリンガスの民間機を中国へ10往復させ、13年分に相当する大量のPPEを運んできたのです!(最初のエアリンガス機が到着した時のことはこの日のブログで言及しています→「ロックダウン」じゃなくて、「ロックイン」しよう!
これは最悪の事態を想定した備蓄量で、国内で使い切らずに済めば幸い、余れば足りない国に使ってもらいましょう、と政府は言っています。

PPEは今、生産そのものが追いついていませんから、とにかく早く、それもウィルス対策の基準を満たす品質のものを確保しなくてはなりません。(フェイクも多く出回っており、偽メーカーによる犯罪も報じられています)
お金を出せば手に入るというものでもない。現に苦労してエアリンガスが運んできた製品の一部は、寸法が合わないなどウィルス対策には使えないものでした。(それでもアイルランドは中国の取引先を怒るでもなく、需要が上回っているのだから仕方ない、別の用途に使いましょう…と穏便に済ませました。大人の対応…)

PPE、検査キット、人工呼吸器、医療用ベッドをいかにして確保するか、アイルランド政府は早い時点であらゆる手立てを模索し、出来ることを実行したようです。最近になって報じられたことによると、パスカル・ドノヒュー経済大臣は3月初めの時点で、国内のさまざまな有力者、著名人に直接電話をかけて協力を要請していました。
ドノヒュー大臣から電話を受けた一人が、ノーベル平和賞候補にもなったアイルランドを代表するロックスター、ボノだったのです。
(以下の話はこちらの記事を参照→Ireland wields its ‘soft power’ as Bono joins coronavirus fight(The Irish Times))

ドノヒュー大臣から打診されたときにはもう、国家の、いや地球規模の緊急事態にU2として何が出来るか模索していたそう。
今回に関しては音楽や言葉で発信するのは何かが違う、今は「不言実行の時(a time for action rather than words)」、と判断し、U2として1000万ユーロ(約12億円)を投じ、PPEやPCR検査キットの確保に乗り出すことに。

この話がすごいのは、資金を出しただけでなく、ボノ自身の個人的なネットワークを駆使して実行にこぎつけたこと。中国でビジネスを展開するアイルランド人ビジネスマンたちに働きかけ、信頼できるサプライヤーを開拓し、製造ラインを動かし、現場で品質をチェックさせ、ダブリンの航空機リース会社に協力を頼み飛行機を動かすところまで、ボノから始まった「人間の鎖」(by シェイマス・ヒーニー)がウィルス拡散の速さより速く長い一本になり、命を助ける行為の一端を担ったのです。
ボノいわく、大変だったけれど、看護師が防護服なしで働かなければならないとか、検査待ちでただの風邪なのかそうでないのかわからず不安に過ごすとか、自営業の人が今日の食事の心配をしたりすることを思えば、それほどのことじゃない…!

輸送用の機材を都合したAvolonというリース会社は、機材を動かす費用をクラウドファンディングで調達しました。
目標額の35万ユーロ(4200万円)に足らない分はAvolonが負担するとしながらも、寄付で行えば寄付する人も人命救助のプロジェクトに参加できる、と。
最終的に目標額が達成されましたが、ファンディング中はU2が関わっていることはいっさい公けにされませんでした。
4月7日に香港からPPEを積んだ機材が到着したとAvolonがSNSで伝えた時も、翌日にヴァラッカー首相が謝辞を述べた時も、U2へのクレジットはいっさいなし。U2の名は極力出さないように…という、ボノやメンバーの希望だったそうです。
大変な思いをしている人たちへの思いやりと、危機に乗じた売名行為になるのを避けたいという気持ちからでしょう。

文大統領へのボノのお願いも、韓国サイドのメディアが報じたために公けになりましたが、ボノ自身は何も発していません。ですので、もしかすると世界のほかの有力者にもお願いしているかもしれません。
出来ることはすべて、捨て身でお願い。彼のネットワークと信頼、そして人間的魅力で。

ボノに電話をしたパスカル・ドノフー大臣は、人間同士の信頼関係やネットワークが生み出すこういうソフト・パワー(軍事力や経済力ではなく、文化や社会的価値観により共感や信頼を得る力)こそ、小国アイルランドが持つ比類なき利点だ、というようなことを述べています。アイルランドはその力を温存した国で、時に政府の枠組みを超え自然発生的に発揮される、と。
今回の件でボノが行使したのは、まさにそのソフト・パワー。彼とU2メンバーが発したパワーの連鎖が人命救助にひと役かった素晴らしいストーリーだと思います。

Avolon社長のスラッタリーさんは、アイリッシュタイムズのインタビューでこう言っています。

When the Irish put their mind to it, we can make anything happen.
アイルランド人がその気になれば、何だってできますからね。


この小さな緑の島に20年住み、今本当にそう感じています。

※アイルランドにおける新型コロナウィルス感染状況は、最新情報がこちらで確認できます
COVID-19 National Summary
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コメント

sima-s

ありがとうございました
ナオコガイドさま、このこと、記事にしてくださってありがとうございました。韓国系のネット記事しか、このことが報じられていないので、どうしてかと不審に思っていました。ボノが名を出さずに、こんなにすごい働きをしていたなんて!大変驚きました。教えてくださって感謝です。日本の一U2ファンより。

naokoguide

Re: ありがとうございました
sima-sさん、コメントありがとうございます!
自宅にいる日々で役に立てることが本当になく、いつもより時間をかけてニュースを読んだり、発信することしか出来ないのですが、喜んでくださる方がいらっしゃると嬉しい。コメント感謝いたします。
U2、偉大ですね!
非公開コメント

naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

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