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ヴァラッカー首相のスピーチ考察① チャーチルの引用句

先日ご紹介した、セント・パトリックス・デーの夜に緊急生放送されたレオ・ヴァラッカー首相のスピーチですが、アイルランド国民の心を打ったのはもちろん、素晴らしいスピーチであったと国内外のメディアや有識者よりさかんに称賛されているようです。

●拙訳はこちら→レオ・ヴァラッカー首相の緊急スピーチ(コロナウィルスの対策と今後について)
●動画はこちら→Ministerial Broadcast by Taoiseach Leo Varadkar about the Covid-19 pandemic(RTE News)
●英語の全文はこちら→National Address by the Taoiseach, St Patrick's Day

国内メディアは、新型コロナウィルス拡大の危機を伝えるニュースに首相の言葉をさかんに引用するようになりました。
ちょっと可笑しかったのは、英格安航空会社イージージェットのCOO(最高執行責任者)であるアイルランド人のピーター・ベリュー(Peter Bellew)氏が、ヴァラッカー首相のスピーチをまねて自社の窮状を伝えるビデオ・メッセージをスタッフに流し、パイロットに盗作だと非難されて謝罪する事態になったこと。さすがに行き過ぎですが、経営者が真似たいと思うほど印象的な演説だったということでしょう。

そんなニュースを見たり読んだりしていて、訳した時にはっきりしなかった一文が解明されました。
「これは慣用句、または引用句では…」と思いつつも調べきれず、納得のいく訳が出来なかった次の一文が、ウィンストン・チャーチルの戦時中の演説からの引用であったことが判明。(イージージェットのべリューさんはコピーをコピーしたことになる・笑)
(参考記事→Warnings about a global pandemic were ignored - then Covid-19 struck

ヴァラッカー首相
Never will so many ask so much of so few
→(あえて直訳)これほど多くの者がこれほど少数の者に多くを求めるようになることは、この先も決してないだろう。

ウィンスト・チャーチル
Never in the field of human conflict was so much owed by so many to so few
→(訳)人類の戦(いくさ)の歴史に於いて、これほど多くの者がこれほど少数の者から恩を受けたことは、いまだかつてなかった。
(訳文はこちらのサイトを参考にさせていただきました→後期17「イギリス文化論」(2020/12/ 8) チャーチル英首相の戦時演説集、1940年8月20日(火)ドイツ軍の英国侵略を防いだ英国空軍(RAF: Royal Air Force)の英雄的な活躍を称えた演説)

直訳では意味が通じないので、前後の文脈から日本で言うところの「備えあれば患いなし」といった意味合いと解釈して、「その時がきたら、そんなことは言っていられなくなります」と意訳しましたが、チャーチルからの「借り物」と知ってそれ以上の含みがあると考え、あらためて精査し、引用であることを匂わせる固さを残して以下のように訳し直しました。

When it comes – and it will come – never will so many ask so much of so few
→(稚訳)来るべき大津波がきたら、かつてないほど多くの人がほんの少数の人を頼みにすることになるでしょう

文才もあったチャーチルは、戦況が危機に陥ったとき、戦場での士気を高める演説をするのに長けていました。巧みな話しぶりは戦前から発揮されていて、早いうちからナチの台頭を予言して危険を唱えていたのに人々は聞く耳を持たず、いざ戦争が始まったとき、ヨーロッパのどの国も備えていませんでした。

その様子は、新型コロナウィルスの感染拡大を対岸の火事ととらえていた今のヨーロッパと酷似しています。ヴァラッカー首相はチャーチルの言葉を借りて、大津波がやってくる前に備えておきましょう、いざやってきたら医療の現場はキャパを越えかねませんよ、と、歴史の教訓を込めて警笛を鳴らしたのでしょう。

コロナウィルスの感染拡大危機の現状を、ヨーロッパのリーダーたちはこぞって戦争に例えています。イギリスのジョンソン首相も、フランスのマクロン大統領も、ドイツのメルケル首相も、国連のグレーテス事務総長も。
ところが41歳という若いリーダー、ヴァラッカー首相の、平均年齢37歳という若い国アイルランドの国民へのアプローチは違っていて、話しぶりも言い回しもまるで詩を朗読しているかのよう。「戦争」という言葉を直接的に用いることはせず、チャーチルの言葉を引用してわかる人にはわかる形で含みを持たせ、窮状と決意を訴えてみせました。

考えてみれば、今やヨーロッパでも戦争を実体験している人は少数であり、親世代でさえも戦後生まれです。
ましてや、若い首相がそれを言ったところで説得力もないでしょうし、アイルランドはヨーロッパ本土のように2度の大戦の直接的な戦場にもなっていないので、戦時中に例えることの方が空ごとのような印象かもしれませんね。

ちなみに、ウィンストン・チャーチルはイギリスのオックスフォード近郊のブレナム宮殿で生まれましたが、2~5才の幼少期の数年間をアイルランドで過ごしています。父方の祖父がアイルランド総督に任命され、父親もその秘書として家族同伴でダブリンに来たためです。
チャーチル本人が、物心ついて最初の記憶はアイルランドだと述懐しています。

ヴァラッカー首相の演説には、印象的な言い回しや語句がほかにもいくつかありますのでご紹介したいと思いますが、長くなりますので続きはまた次回に。

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UCD国立研究所を視察するヴァラカー首相(写真左)と保健省サイモン・ハリス大臣(右)(写真はRTE Newsより転載)

※レオ・ヴァラッカー首相に関する過去ブログ→最年少、移民、ゲイのアイルランド新首相(2017/07/04)

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コメント

No title

ナオコさん、初めてコメントさせていただきます。

昨年、トリニティカレッジの男の子がホームステイに来て以来、アイルランドが大好きになった私です。
ナオコさんのブログに出会えたことで、アイルランドの毎日が伝わり、彼がそこで生活しているんだよなぁと思いながら楽しく読ませていただいています。

BSの「地球タクシー」も見ました。アイルランドの歴史背景も感じ、切なくもあり、素敵な番組ですね。(その子がDalkyに住んでいるので余計興奮しました!)

ラガーマンの子だったので、ワールドカップは何試合も生で見に行き堪能して帰国していきましたよ。おかげで私もラグビーにはまり、シックスネーションズも見るようになりました。
アイルランドの国家を聞くと興奮します。ホームの時はIreland's callと両方歌うんですね。

そのような中でのコロナ問題。
ヨーロッパが深刻化してきたので、心配になってテキストしたところ、彼はMe and my family are safe. と言ってきました。ラグビー延期で落胆しているどころか危機感が伝わってくる内容でした。
大陸ほどは感染者出ていないし、若者だし、どこまで心配しているのかなと思ったりもしていましたが、深刻に感じていることが伝わり、日本人の危機感の薄さを恥ずかしくも感じてしまいました。
日本は今ではコロナ疲れという言葉ができ、外出が増えてきているくらいです。他人と距離を置く感覚は皆無です。大丈夫なんだろうか、、


そして、レオ首相の声明、ご紹介いただいてありがとうございます。
誠実で心に響く素晴らしい会見ですね。具体的で温かくて。食い入るように聞いてしまいました。日本人の私ですら感銘をうけ、涙が出てきたので、国民の皆さんは心が一つになった瞬間だったのではないでしょうか。
正直、そんなアイルランドが羨ましくも感じます。

少しでも早く、世界が落ち着いてくることを祈るばかりです。やはり、個々が自覚して目の前のできることをやっていくことが一番の早道である気がします。
みんながハグできる毎日にもどれますように。。大好きな文化です。

これからもナオコさんのブログ楽しみにしています。
長い文になってしまい、すみませんでした。

jojoさんへ

コメントありがとうございます。
いつもブログを見て下さり、地球タクシーもご覧くださりありがとうございます。

トリニティー・カレッジは感染者が複数出ましたが、早めに閉鎖されたこともあり、その学生さんもご家族も無事で良かったです。
こちらは数日前より検査場が設置され始め、検査の件数が増えたこともあり、日に100人単位で感染件数が増えています。2月29日に最初の感染者が出てからあっという間に増え、今日で1000人を超えてしまいました。
人口500万人以下の小国ですから、この数は決して少なくありません。

イタリア、フランス、スペインの二の舞にならないように頑張っていますが、アイルランドの病床数には限りがありますから、私たち健康な者はウィルスの媒体者にならないように気を付けるのはもちろん、自分が医療機関のお世話になることで重病者や高齢者に割かれるべき時間や手間を奪ってしまうことがないよう、限り外出をさけ、ソーシャルディスタンスを維持して、健康に過ごさなければなりません。国民の大多数がその意識です。

政治家としては若手のレオ(って、こちらではみな、名前で呼んでます)とサイモン(保健省大臣)がキビキビとリーダーシップを取ってくれているも頼もしいです。今後、外出制限などさらなる厳しい制限をするかどうかは、政治的圧力やメディアからの圧力では決めません、公衆衛生のエキスパートからのアドバイスに従って決めます、と2人が断言しているので安心して指導に従おうという気になります。

国によって事に情がそれぞれですから、よりふさわしい対策が国ごとにあるとは思いますが、ウィルスは同じウィルスです。レオ首相のスピーチはこのウィルスに対峙する全世界の人へのメッセージも含まれていました。おっしゃる通り、具体的で温かでしたよね。

どうぞ安全にお過ごしください。そうですね、みんなでハグ出来る日が一刻も早く戻ってくるよう願って、離れていても心をひとつに静かに過ごしましょう。
コメント嬉しかったです♪

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Author:naokoguide
アイルランド公認ナショナル・ツアーガイド。長野県上田市出身、2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。

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