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ブレグジットと北アイルランド国境問題

ブレグジットにおける北アイルランドの国境問題がさかんに取り沙汰されていますね。日本のメディアでも連日報じられていることでしょう。

この件については、自分の理解が十分であるのか自信が持てなかったのと、複雑で、表現が適切でないと誤解につながりかねないという懸念もあって、これまでなかなか書けずにいました。しかし、離脱日まで残すところ2か月となり、北アイルランドの存在そのものが離脱交渉をより複雑にしている現状が浮き彫りになってきましたので、昨今の動きや私が思うことなどを少しまとめておきたいと思います。

EU離脱後、英国とEUとの唯一の地続きのボーダーとなるのが、北アイルランドとアイルランド共和国との国境。これをどう扱うかということについては、2016年のEU離脱決定直後から懸念されていました。(当時のブログ。この時はまだ「ブレグジット」という言葉がようやく浸透し始めた頃でした…→ブレグジットとサッカーのユーロ2016・2016年6月25日記)
そして昨年11月、「バックストップ(Backstop=防御策)」案を英国・EU双方が承認し、離脱後もひとまずこれまで通りアイルランド島内に国境はなし、とのことでしたので、楽観していました。
ところが英議会で猛反発の声があがり、それがくつがえされるのではないかという懸念が出てきたのです。

「バックストップ」について、非常にわかりやすく説明した動画がありますのでご覧ください。(日本語サブタイトル付き)



こちらの記事も併せて参照すると理解しやすいです。→【Q&A】 北アイルランド国境をめぐる「バックストップ」を解説(BBCニュース、2018年12月14日)

アイルランド島内の国境をオープンにしておくことは通商上の利便はもちろん、かつての北アイルランド紛争の歴史を踏まえ、平和と安全上の理由からも重要であるというのが英国・EU双方の一致した意見。ところが、それをどうやって実現させるのかという現実的な解決策が相容れないのです。

議会の猛反発を受けたメイ首相はバックストップの代案をEUと交渉しようとしましたが、一昨日、EUのバルニエ首席交渉官は再交渉はしないと断言しました。バックストップは離脱協定に不可欠であり、現実的な解決法である、と。

そして、我がアイルランドのバラッカー首相は「バックストップの必要性はより強まっている」と述べ、コヴェニー副首相はメイ首相に、北アイルランド紛争時代の国境検問と分断が復活するようなことになったら「歴史の厳しい審判を受ける」と釘を刺したのです。
そう、オープン・ボーダーの最後の砦とも言えるバックストップ案がなし崩しになるようなことになったら、北アイルランドの残留を支持する住民は黙ってはいないでしょう。
「世の中には経済関係より大事なものがある。これはそのひとつだ」というコヴェニー副首相の発言がとても印象的でした。
(参照記事→EU「ブレグジット協定は再交渉しない」 アイルランド国境の扱いでこう着(BBCニュース、2019年01月31日)

ブレグジットがアイルランド(島)に与える影響は経済の問題にとどまらず、北アイルランド住民のアイデンティティーや暮らしの安全、英国とアイルランドとの友好関係にまで及んでいます。
北アイルランド出身のフリー・ジャーナリストの女性が書いた、バックストップの必要性を協調する記事を目にし、どれほど切実なことかをあらためて実感しました。
The backstop isn’t just about trade. Is that so hard to understand, Britain? by Dearbhail McDonald(The Guardian/タイトル拙訳:バックストップは通商だけのことじゃない。英国よ、それを理解するのはそんなに難しいことなの?)

brexitbackstoparticle0219
同記事より転載。先週国境近くの北アイルランドの町ニューリー(Newly)で行われた、ブレグジットに反対する団体のデモ

自身のアイデンティーを「アイリッシュ・ブリティッシュ(カトリック系北アイルランド住民)」とする彼女は、子供の頃、懐中電灯を照らす手に車を停められ、それが英国軍なのか、英愛どちらのテロ集団なのかわからぬまま、恐怖におののいた経験を冒頭で語っています。国境検問を避けるため、爆弾が仕掛けられているかもしれない危険な田舎道を恐怖を感じながら迂回するのも日常であったと。
この狭い北アイルランドという地で3500人もの犠牲者を出した紛争時代を生きた者でないとこの気持ちを理解していただくのは難しいでしょうが…と前置きしつつ、国境近くの夜道はもう絶対通らない、と言っています。トラウマですよね。

バックドロップがなぜ不可欠なのか。彼女の記事から私が理解したことをざっくりまとめてみます。
国境復活により生じる問題は通商上のことだけはない。付随して起こりうる人と精神の犠牲こそが、取り返しのつかないことである。英国を含む周辺国のジャーナリストやメディアが極めて表面的でステレオタイプな報道に終始していることに、ジャーナリストとして危険といら立ちを感じている。

バックストップをくつがえそうをしている人、合意なき離脱を推し進めようとしている人は、紛争時代、国境で火の手があがり、巨大な監視塔やヘリコプターが空をおおっていたあの光景をもう一度思い出して欲しい。物理的な国境撤廃は、私たちの心の壁を打ち破る作業を可能にしてくれた。それを無為にするような危険を冒してはならない。
壁は分断を生み、そこに住む人たちはどちらの側に属するか選ぶことを余儀なくされる。オープン・ボーダー(すなわちバックストップ)は、私たちのアイデンティティーを強要されないためにも不可欠なのです、というのがおおまかな趣旨です。

そして、上記のジャーナリストも示唆しているように、1998年に英国・アイルランド間に結ばれた和平協定、グッドフライデー合意(日本では「ベルファスト合意」と呼ばれることが多い。これにより島内の北アイルランド国境が撤廃された)を抜きにして、ブレグジットを考えることは出来ません。

英国側は北アイルランドの国境復活はあり得ないとしながらも、EUと英国のボーダーをアイリッシュ海にすることに反対していますが、グッドフライデー合意を遵守しながらブリグジットを進めるために、ほかのどんな策があるというのでしょう。双方の妥協案としていちばん理にかなっているのがこの方法なのでは?
※ベルファスト合意と国境問題について深く知りたい方は、こちらの2つの記事が大変興味深く分かりやすいです。
ブレグジットを大きく揺るがす「アイルランド国境問題」とは何か(2018年11月18日))
ブレグジットの影響で北アイルランドの平和に危機:ベルファスト合意20周年(2018年4月9日)

ブレグジットをめぐる英国とEUの交渉を見ていると、本質の違うモノ同志が話し合いをしているような違和感が拭い去れません。そもそも英国は社会集団としての国家でであり、EUは国ではない。国と、国の体裁をなさない集団とのやり取りは、なんだか使用言語の違う2人のすれ違いの会話みたいで…(笑)。
これ、今の世界でこんなに急を要してすべきことなの?…って思わずにはいられないのです。

2016年の国民投票の時、北アイルランドの国境問題が交渉の最後の切り札になると誰が予測したでしょう。移民政策の強化、単一市場からの脱退を目指したEU離脱のシナリオに、このようなリスクが含まれていることを政治家たちは理解していなかったのでしょうか。
それを思うと、当時のキャメロン首相はなんと早急で浅はかなことをしてしまったのか、と思わずにはいられません。これは周囲のアイルランド人の友人たちの共通した想いでもあり、今さらこんなことを言っても仕方ないのですが、ブレグジットの話題になると、話はいつもそこに戻ってしまうのです…。
(そして、後始末を頑張っているメイ首相は真面目で忍耐強く、ある意味スゴイ…とも。)

個人的極論を承知で言いますが、英国は国内に国境を引く(アイリッシュ海をEUとのボーダーにする)ことになると国の統一が図れないと言い、「国家の形」が保てないと考えているようですが、それならアイルランドはどうしてくれる!と言いたい。
アイルランドは英国の干渉により北と南に分断され、その結果、北アイルランド紛争が起こりました。歴史を紐解けばアイルランドの「国家の形」などことごとく踏みにじられ、それこそズタズタ。それでもめげずに、時にはプライドも捨て、安全と平和、倫理的な考え方や平等、人権を大切にして国づくりをしてきました。
今さら国家の形や威厳を理由に、お隣りで静かにやっている小さな緑の島を振り回さないで欲しいなあ…というのが、今回のことに関する私の率直な想いです。いろいろな意見や見方があるでしょうけれど。

国境って一体何なんでしょうね。
最近、空港のパスポート・コントロールの列に並ぶたび、そんな疑問が私の頭の中をグルグルよぎります。
世界にはこの国境問題というのが常に存在しています。日本とロシアの北方領土問題、パレスチナ、トランプ政権のメキシコとの国境の壁…。国を隔て、人を隔て、場合によっては人の心も隔ててしまう。テリトリー確保と保全のために人間が作り出したエゴの象徴?
もしそうであれば、そんなもの本当に必要でしょうか。壁(ピースライン)を建設したことで、差別と暴力が加速した北アイルランド紛争の悲しくも浅はかな歴史を思わずにはいられません。

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コメント

北の国からSHIGE

ブリグジットと北アイルランド国境問題
日本でも連日のように、アイルランドと北アイルランドの国境問題や関税同盟の行方がニュースになっています。
陸続きの国境がない日本では、今一つピンとこなかったのですが、直子さんの要を得た解説でだいぶ理解ができました。
ありがとうございました。
北アイルランドとアイルランド共和国の国境(つまり、検問所や税関)をどうするかを巡って、北アイルランドではプロテスタント住民とカトリック住民との新たな対立が深まっている、との報道があります。
1980年代のテロ紛争が再現しないことを願っています。
本来はEU残留派だったメイ氏が首相に推され、英国離脱交渉の矢面に立たされて、離脱派からも残留派からも批判されているとは、お気の毒です。
この夏には、アイルランドを再訪したいと思っています。
しかし、この国境問題の行方によってはと、多少の不安もあります。
何とか解決に向かってほしいと心より願っています。

naokoguide

Re: ブリグジットと北アイルランド国境問題
SHIGEさん、いつも読んでくださりありがとうございます。
私も理解が不十分な部分もあるかと思うのですが、お役に立てたとうかがい書いて良かったと思いました。ありがとうございます。

日本での報道はどうしても表面的になりやすいですよね。プロテスタント住民とカトリック住民が対立が深まっている…なんて聞けば、じゃあ北アイルランドは危ないの?と多くの方が思ってしまうことでしょう。
暴力行為や暴動があるわけではないので、対立なんて言葉を使わずに、意見の違いが表面化しつつある、とかいう表現にならないものか、と思います。

国境問題については私は完全に楽観していました。なぜなら、英国は20年前に約束したグッドフライデー条約を破ることは倫理的に許されないから。
トランプ政権といい、ブリグジットといい、なんだか世界が平和の行く末に逆行しているような気がしてなりません…。
非公開コメント

naokoguide

アイルランド公認ナショナル・ツアーガイドの山下直子です。2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、アイススケート、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。長野県上田市出身。

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