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グレート・ブラスケット島へ① 本土を追われた人たちの島

私のアイルランド上陸20周年記念のディングル滞在中に行った無人島は、ヨーロッパ最西のスレイ・ヘッド(Slea Head)の先にあるグレート・ブラスケット島(Great Blasket Island)でした。

この島へ上陸するのは9年前の2009年以来、私は2度目でしたが、一緒に行ったアイルランド人の友人たちは皆初めて。(過去ブログ→アイルランドの西の果て、ブラスケット諸島へ
20年前アイルランド本島に上陸した時、その20年後にさらに西の離島へ親しい友人たちと共に降り立つことになるとは、誰が想像したでしょう!

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ディングル・タウンより車で10分程のベントリー(Ventry, Dingle Peninsula, Co. Kerry)の港からボートに乗り、いざ出発

グレート・ブラスケット島へは現在、ディングル・タウン発着、ベントリー発着の2社のボート・ツアーが出ています。
9年前に行ったときにはダンキン(Dunquin)発着のボートに乗りましたが、今シーズンは運行されていないよう。
私たちが利用したのはベントリー発着のエコ・マリン・ツアーズ(Eco Marine Tours)で、島への上陸とイルカ&クジラ・ウォッチングを含む所要7時間のツアー(70ユーロ)。
(島へ上陸せずクルーズのみの所要3~4時間のツアーもあり。海の状況により運行されないこともあるので要確認)

島までは所要約1時間。途中、早速にイルカの出迎えを受けました。
ディングル湾でフィッシング・ツアーをやっている20年来の友人ローリーのボートも同じ時間に海上に出ていて、ボートの無線を通じて交信し、互いの船から手を振り合うという嬉しいサプライズもありました。

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海上にスケリッグ諸島もよく見えました。「スター・ウォーズ」ロケ地として話題の世界遺産の岩島です。写真で見ると小さいですが、海上左の方の2島…(過去ブログ→パフィンの楽園、スケリッグ・マイケル!

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島が近づいてくると船内でライフジャケットが配られ、それを来てゴム・ボートに乗り換えて上陸。こんな桟橋に到着します

島には美しいビーチがあり、以前来た時には何百頭ものアザラシが寝そべっていましたが、この日は数頭のみ。

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天気がよくてボートが頻繁に来る日には、海へ泳ぎに行ってしまうそうです

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島は廃墟だらけ。ヨーロッパ最先端の岬ダンモア・ヘッド(Dunmore Head)が目と鼻の先ですが、岩島が多く、潮流も激しいためボートで渡るのはとても危険な海峡。今も昔もブラスケットは近くて遠い島…なのでした

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このビーハイブ・ハット(Beehive Hat)は本土やスケリッグ・マイケルにあるものより新しく、19世紀に建てられたもの。木がはえてしまっているのが可笑しい

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ビーハイブ・ハットの前をフットワーク軽く歩く友人たち(笑)。この日撮ったお気に入りの1枚

島には夏の間、OPW(歴史的遺産を管理する政府機関)の係員が駐在していて、無料のツアー(所要約40分)を行っています。
私たちも参加し、島の歴史や風土をより深く理解することが出来ました。

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説明してくれた彼はひいおじいさんがこの島出身だそう

そもそもなぜ、ブラスケット諸島に人が住むようになったのか。19世紀、イギリス支配が過酷だった頃、地代を払うことが出来ず追われた人々が対岸のダンキン(Dunquine)やバリフェリッター(Ballyferriter)から逃げてきたのが始まりだそう。
このことはわかっていたようで、わかっていなかった。今では無人となった島でそれを聞かされると衝撃的でした。
吹きっさらしの寂しい、誰も住まない島。危険な海峡を渡り、生き延びるため命がけで逃げてきた最後の地がここだったのです。

島の暮らしの貧しさは想像を絶するもので、日の当たるわずかな斜面を耕して作物を作り、牛を飼い、干した魚を一年中食べていたそう。
ある時期から、お金持ちのイギリス人が学校を建て、そこでは子供たちに食事が与えられたので、みな飢えをしのぐためにプロテスタントに改宗して子供を入学させたのだとか。20世紀になり国が独立してからはアイルランド政府が運営する学校が出来たので、みなカトリックに改宗し直したそうですが。

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当時の暮らしの様子を再現した家。これは移住して2世代目くらいになってからの暮らしぶりでしょうか。最初はもっと貧しかったよう

廃屋となって残る家を見ると、どの家も窓が小さい。これはイギリス政府が窓に税金をかけたからですね。
そして玄関がすべて同じ方角を向いているのは、風向きに逆らって扉をつけたからだそう。

島は1950年代初めに最後の住民が本土に引き上げ再び無人となりましたから、人が住んでいたのはほんの1世紀くらいの短い間。
独立後、島の貧しさを見かねた政府が約30年ほどかけて人々を本土へ再移住させたそうです。

長くなるので今日はここまで。続きは後日また書かせていただきますね。

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Author:naokoguide
アイルランド公認ナショナル・ツアーガイド。長野県上田市出身、2000年よりアイルランド在住。趣味はサーフィン、バラ栽培、ホロスコープ読み、子供の頃からのライフワーク『赤毛のアン』研究。
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