楽しみにしていたフレデリック・ウィリアム・バートン(Frederick Wiliam Burton, 1816-1900)展がアイルランド国立美術館(
National Gallery of Ireland, Dublin 2)で始まり、仕事が半日で終了した午後の時間をあてて鑑賞してきました。
Frederic William Burton: For the Love of Artフレデリック・ウィリアム・バートン: 芸術への愛のために
期間 2017年10月25日~2018年1月14日
場所 アイルランド国立美術館 ミレニアム・ウィング
入場料 15ユーロ(シニア・学生割引きあり・16歳以下無料)
※チケットはウェブサイトで事前購入が確実ですが、今のところそれほど混んでいないので当日券でもOK。

19世紀アイルランドを代表する水彩画の巨匠。ポスターの絵はバートンの代表作「ヒレリルとヒルデブランド、タレット階段の逢瀬」(1864)。2012年に「アイルランド人が選ぶ、アイルランドでもっとも好まれる絵画」に選ばれた作品
ウィックロウ(Co. Wicklow)出身のこのアイルランド人画家のことを知ったのは最近のこと。6月に国立美術館が新装オープンし、上記写真の絵画を見て感激し興味を持ちました。
(この絵については過去ブログ参照→
観音開きの扉の向こうに…バートンの絵画)
ダブリンで画家となり、20代にして芸術院会員に選出されるなど、若くして才能を認められたバートン。ヨーロッパ芸術にふれるため旅に出て、ドイツのバイエルン王マキシミリアン2世(ノイシュヴァンシュタイン城を建てた有名なルードヴィッヒ2世のお父さん)のおかかえ画家として活躍した時代も。ドイツ語がペラペラだったそうです。
晩年はロンドンのナショナル・ギャラリー3代目所長をつとめ、20年間の任期中にレオナルド・ダ・ヴィンチを含む多くの絵画をギャラリーに収蔵したことでも知られます。
生前にはこんなに活躍していた画家なのに、なぜか彼の名はアイルランド人にもあまり知られていません。「アイルランド人のお気に入りの絵画」に選ばれるほど親しまれる作品がある一方で、その名声は彼の死後途絶えてしまったというのです。
→
The forgotten artist behind Ireland’s favourite painting(10月28日付・アイリッシュタイムズより)
今回の展示ではそんなバートンの功績に再び光を当て、約70点の作品を一挙公開。時間をかけてゆっくり鑑賞しました。

企画展入り口に至るミレニアム・ウィングの階段もバートン仕立て!前回のフェルメール展の時にはフェルメール画になっていましたね
まずは20代に描かれたコネマラ、アキル島、ケリーの風景画。画家であり考古学者でもあったジョージ・ペトリ(George Petrie (1790 – 1866)と史跡のスケッチ旅行をし、ディングル半島ではオガム・ストーンやビーハイヴ、古代の砦も訪ねたそうです。
(ペトリの絵画も展示されていました)
バートンの代表作のひとつ、大英博物館所蔵の「アランの漁師の溺れた子供(The Aran Fisherman's Drowned Child)」(1841)も観ることが出来て感激。大英博物館には何度も行っていますが、この絵を特に気をつけて見た記憶はなし。バートンのことを知らなかったので素通りしていたのでしょう。
この作品のスケッチも何枚か展示されていて、画家としてのバートンがアイルランドの田舎の人の暮らし、とりわけ衣装に興味があったことがうかがい知れます。当時アラン諸島の男性が身に着けたジャケット、インディゴ・ブルーのズボン、パンプーティー(pampooties)という一枚皮を足に巻き付けるようする独特の革靴もちゃんと描かれています。
スケッチの一枚は、19世紀のケルト復興運動の立役者のひとりで、W.B.イエーツと共にアイルランドの民話・神話の収集も行ったレディ・グレゴリー(Lady Isabella Augusta Gregory, 1852 - 1932)に差し出されたものであると説明されていました。やはりバートンもこういった人たちと親交があったようです。
バートンといえば代表作の「ヒレリルとヒルデブランド…」のような、典型的なビクトリア時代のファエル前派の画風で、文学や宗教、中世の騎士物語を題材にしたものばかり…と思っていたので、上記のようなアイルランドの風景や暮らしが描かれた初期の作品が見られたのは貴重でした。
展示室の壁には、
”My best joys have been connected with Ireland”
(私の至福の喜びはアイルランドとつながっている)
とのバートンの言葉が。ドイツやイギリスで過ごした時代も長かった画家ですが、心は常に祖国にあり、そのロマンチックな画風はケルト復興運動のさなかの19世紀のアイルランドで育てられたのだと確信しました。
バートンの作品の驚くべきところは、すべて水彩画であること。「ヒレリルとヒルデブランド…」もそうですが、後年の作品になるほどになんとも言えない質感、光沢感がありながら、重厚な色合いが見事なのです。一見、油絵?と見間違うほどで、何度も近くで見てしまいました。
ラファエル前派の画家たちは、中世のミニアチュールを再現するような、こうした細密な水彩画を得意としたのだそう。ボディカラーというのでしょうか、不透明な絵具を上塗りして重厚に仕上げる画法だそうです。
水彩画といって私が思い浮かべるのは、ターナーの作品のような透明感のある絵。
本美術館でも毎年1月にはターナーの水彩画展が開催されていますが、そこで見る絵とはあまりに質感が違うので、これが水彩…と本当に驚きました。
展示作品のいちばん最後は、「Lady Gore-Booth and her two daughters(ゴアブース夫人と二人の娘)」(1845)と題する
リサデル・ハウス(Lissadell House, Co. Sligo)で描かれた肖像画でした。
リサデル・ハウスといえば、アイルランド独立運動を戦い、初の女性国会議員&女性大臣となったマルケヴィッチ伯爵夫人(結婚前の名はコンスタンス・ゴアブース)が育った家。(過去ブログ参照→
マルケヴィッチ伯爵夫人の銅像(ラスコーマック))
絵の中のゴアブース夫人はレディ・キャロラインで、二人の娘はエミリーとオーガスタ。マルケヴィッチ伯爵夫人の父方の祖母と、伯母に当たる人たちです。伯爵夫人の父が生まれる2年前に描かれたもののようでした。
イエーツも訪れたリサデル・ハウスに、バートンも来ていたのかと感慨深い思いが。肖像画の中の窓の外にはスライゴの母なる山ノックナリー(Knocnarea)が描かれていました。本当はリサデル・ハウスからは見えないのですが、ゴアブース夫人の希望により加えられたと説明されていました。
こんなふうに歴史上の人物たちの人間関係がつながるとき、過ぎ去った時代のシーンが生き生きと目の前に広がるような気がしてワクワクします。
ずっと楽しみだったバートンの絵画展鑑賞。思いがけない幻想と過去の世界への楽しい旅のひとときとなりました。期間中に出来ればまた行きたいと思います。

美術館のショップでは今、カタログやバートンの絵のパネルやカードを前面に置いています。赤毛の天使のような少女を描いた「ドリームス(Dreams)」(1861)という作品、友人のお嬢さんにそっくりな子がいます!
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コメント
櫻井
2017/11/05 URL 編集
naokoguide
そうですね、古さを感じさせない…私もそう思いました!ほかのどの画家とも違う、特別な魅力を感じる画家です。
フェルメール展でも感激しましたが、ダブリンのナショナル・ギャラリーは展示の仕方が本当に優れていますね。同時期の影響を受けた別の画家の絵をとなりに置いたり、関連のものを近くに展示したり。こういうセンスはアイルランド人はとても優れていると思います。
2017/11/05 URL 編集