今年観たアイルランド映画の中でもっと印象的だった作品です。
日本での上映が決まるや否や、お客様やアイルランド好きの皆さんに「ぜひ見てください~!」とお勧めし続けている一作。来年2月3日より全国ロードショーが始まるとのこと、とても嬉しいです!

「
ローズの秘密の頁(ページ)」(原題:The Secret Scripture)
「マイ・レフト・フット」や「イン・アメリカ/三つの小さな願いごと」などで知られるダブリン出身の名監督、ジム・シェリダンの5年ぶりの作品。
1940年代のアイルランドの田舎町で、その美貌ゆえに男性を惑わす「色情症」と決めつけられ、40年にわたり精神病院で監禁された女性ローズの回想録。アイルランドの荒々しくも美しい景色の中で繰り広げられるドラマチックな展開にぐいぐい引き込まれ、切ないロマンスに胸が打たれます。
テーマは重く、深刻なストーリーなのですが、どこそこファンタジックなのがシェリダン作品らしくて素敵。彼の作品はいつも、どうにもならないような状況にも救いがあるんですよね。人間の悪や弱さを描きながらも、善や正義がちゃんと貫かれる。そんな牧歌的な世界観が、この監督の作品の根底にはいつもあるように思います。
ヒューマン・ストーリー、ラブ・ロマンスとして楽しめる作品ですが、背景にあるのは20世紀アイルランドの少々複雑な社会事情。日本でのあらすじ紹介などには、「第2次世界大戦下のアイルランドには自由がなかった」…といったニュアンスで説明されていますが、アイルランドの歴史的背景を多少なりとも知っている人には、そういうことではないとわかると思います。
戦争も間接的な原因ではあるのですが、それで自由が奪われたという話ではないです。根底にあるのは、極端なカトリック的価値観に支配されていた当時のアイルランド社会のひずみ。主人公ローズはその犠牲者です。
ローズは戦火を逃れてベルファーストからスライゴ(Sligo)へやってきます。ベルファーストは北アイルランドで英連邦ですから第2次大戦中に爆撃の危険がありましたが、アイルランドは中立で参戦していませんでした。すでにイギリスから独立していたアイルランドですが、英連邦から完全脱退したのは戦後。軍隊はまだ一緒だったので、第2次大戦に行ったアイルランド人というのは英軍の旗のもとで戦ったということになります。
パイロット志望のマイケルは戦闘機に乗りたくて戦争に行ったような印象ですが、その行為が「ブリッツ(イギリス人)のために戦った裏切り者」ということになってしまうのですね。
物語の舞台がスライゴであることにも意味があります。北アイルランドとの国境に近いスライゴは、アイルランドの他の地域に比べて、プロテスタント(英国系)人口の割合が多い。現在もスライゴからドネゴール・タウンにかけての海側のエリアは、田舎と思いきやポッシュなライフスタイルの人が多く、昔の地主階級のプロテスタントの基盤が感じられます。
そんな土地柄ゆえに、当時はプロテスタントだの、英国びいきだの、といったことにことさら敏感でした。ベルファーストから来たローズは、父は死に、母は精神病院に入っているという設定ですが、家族のルーツにプロテスタントのバックグランドがあったのかな…という気もしました。(それを説明しているシーンはなかったと思いますが、見ていてそんな印象を受けたので)
プロテスタントは歴史的に支配階級で、カトリックよりいわゆる「お育ちがいい」系の人種とされがち。マイケルの一家が英国びいきだと噂されているの加え、都会のベルファーストから来た洗練された身のこなしのローズは、コテコテのカトリックの田舎の村に全く馴染んでいません。2人が見せしめかのように追い詰められていくのは、そんな伏線があってのことかと思います。
秋に日本に行ったときにルフトハンザ航空の機内でもこの映画を観たのですが、カトリック/プロテスタントのバックグランドが考察されるようなセリフは、日本語字幕にははっきり訳出されていませんでした。日本人には馴染みの薄いことですし、知らなくてもストーリーの理解に大きな影響はないですが、そこから膨らむ関心もあるので、劇場用パンフレットにでも説明がちょっと入るといいなと思いました。
ロケ地はスライゴのほか、アイルランド各地。スライゴの父なる山ベンブルベン(Ben Bullben)もちゃんと映りますが、実際にはスライゴ以外で撮影した部分が多いのではないかと思います。
村のシーンは南東部キルケニー近くのイニシュティーグ(Inistioge, Co. Kilkenny)だそうです。小さな村で、かれこれ20年ほど前の映画ですが、メイヴ・ビンチー原作、ミニー・ドライバー主演の「サークル・オブ・フレンズ(Circle of Friends)」のロケ地として映画ファンにはよく知られた村。→
This little Kilkenny village has been utterly transformed into a Hollywood film setそのほかカウンティー・ウィックロー(Co. Wicklow)やダブリン近郊(Co.Dublin)でも撮影しています。仕事柄か、映画を見ながら実際のロケーションがわかってしまうことの多い私は、「あれ、精神病院なのに国立博物館だ!」とか、「ここは大西洋の設定なのにアイリッシュ海だ!」なんて地理的な違和感を感じて現実に引き戻されてしまうことも多いのが玉にきずですが(笑)。
(精神病院のとあるシーン→ダブリン市内のコリンズ・バラック(Collins Barrack/現・国立博物館本館)。ローズが泳いで逃げるシーン→ダブリン近郊のポートラン(Portrane, Co. Dublin)。ラウンドタワーとランベイ島(Lambay Island)ですぐにわかった・笑)
俳優陣も秀逸。若き日のローズ役のルーニー・マーラはぞくぞくするほど美しいし、恋人のマイケル役はいかにもやんちゃなアイリッシュといった風貌。カウンティー・ウィックロウ出身のジャック・レイナー(Jack Reynor)というアイルランド人の若手俳優ですが、
「シング・ストリート」のお兄ちゃんですよね!あの時は長髪だったので、一瞬わかりませんでした。
そして怪しく病的な神父、どこかで見たことがあるな~と思ったら、なんと「ダウントン・アビー」でメアリーを襲ったオスマン帝国の役人ではないですか(笑)。
大好きだったRTEの人気ドラマ・シリーズ「Love/Hate」のニッジが、マイケルをとらえるIRA役で登場していたのも個人的にはツボでした。ニッジ、ドラマでは死んじゃったけど、ここでは生きてたのね~。
日本で試写をご覧になられた
Music Plantの野崎洋子さんは、すごいカメオを発見しちゃったそうです。「ファーザー・テッド」博士の野崎さん、さすが!
→
映画『ローズの秘密の頁(ページ)』を観ました。アイルランド・ファン必見!アイルランドの風景はもちろん、時代背景やさまざまなトリビアも楽しめる作品。新年の楽しみにぜひ、お近くの劇場へお出かけくだくださいね♪
※上映館の情報は
こちら。

アイルランドでの劇場ポスター。女性向けのやわらかいイメージの日本のものに比べて、こちらはもっと深刻な感じ…
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コメント
アンドー
2017/12/23 URL 編集
naokoguide
マイレフトフットは何度見てもいいですよね。この映画、東京だけでなくて全国で上映されるのが嬉しいですよね!
2017/12/23 URL 編集
young193☆
この映画は友人が買付&邦題に携わっているそうで、2月の公開を楽しみにしています^ ^
2018/01/06 URL 編集
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2018/01/07 編集
naokoguide
私ももう一度見直したと思っている映画です。こういう作品を日本で公開してくださり、とても嬉しいです♪
2018/01/08 URL 編集
Wada
AMAZON Prime で「アイルランド」と検索したらこの映画が出てきたので観ました。
きっと直子さんのブログに記載があるのではないかと検索したら、やっぱりありましたね。
とても、深くていい映画でした。
アイルランドの宗教や文化的背景を少しでも知っていれば、より理解できますね。
スライゴが舞台設定ですが、ロケ地の海がスライゴでは無いのが少し残念です。
でも、アイルランドの魅力的な風景がたっぷりと映っていて、また行きたくなりました。
それにしても、アイルランドの人は、冷たい海であっても泳ぐのが好きですね。
直子さんも泳ぐのが好きだから、アイルランドとの親和性が高いのでしょうね。
2021/10/06 URL 編集
naokoguide
以前の記事なのに見つけてくださり、ありがとうございます。「ローズの秘密の頁」いいですよね~。私もまた観たくなりました。
ジム・シェリダン監督の映画はどれも好きなのですが、最近観た『ボクサー』もとても良かったのでお時間のある時にぜひ。
http://naokoguide.com/blog-entry-3802.html
海。こちらの感覚では、泳げるくらいなので冷たくない、といった感じなんですよ。冬でも暖流のおかげで水温は10度くらいありますしね。
映画の中のシーンは寒くて辛そうでしたけど(笑)。
2021/10/07 URL 編集