今日から11月。11月1日はケルト暦の新年ですから、Happy Celtic New Year! …ですね!
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ケルト暦の新年を迎えます)
何年かぶりにこの時期に日本にいて、日本のハロウィーンがすごいことになっていて驚きました。(ハロウィーンの仮装…というよりコスプレ?笑)
昨日テレビを見ていたら、「ハロウィーンの起源はアイルランド!」と世界地図でアイルランドの位置まで示して解説していたのですが、おそらくそれを見た人は、あの仮装パレードの発祥がアイルランド…と思ってしまったのではないでしょうか。(笑)
アイルランドの国名がメディアに出るのはありがたいですが、正しくは、「ハロウィーンの起源は(アイルランドなどヨーロッパの辺境に到来した)古代ケルト人の祝祭」ですね。ケルト人はアイルランドにだけにいたわけではないので、必ずしもアイルランド(という国)が起源とは言えないわけです。
ただ、その説明も当たらずと雖も遠からずで、アイルランドはヨーロッパの中でローマに征服されなかった数少ない地域のひとつなので、さまざまなケルトの風習がローマ化されることなく残ったことは確か。
「ケルト=アイルランド」というイメージが強いのはそのせいで、ケルト起源の風習がことごとくアイルランド発祥…と説明されがち。アイルランドにとってはある意味、ボーナス!かもしれません(笑)。
ハロウィーンはそもそも、「サウァン(Samhain)」と呼ばれる古代ケルト人の年越し祭りが起源です。ケルト暦では10月31日が一年の最後の日。翌11月1日にかけて年が改まるその時、異界の扉が開いてあの世とこの世の境目が曖昧になります。その隙間をぬって死者の霊が地上に降りて来て、災いを引き起こすと考えられていました。
古代のアイルランドでは、10月31日の晩、ドルイド(古代ケルトのシャーマン)が巨大な聖火をたき、悪霊を追い払うための祭事が行われていました。人々は柳の枝などで編んだ被り物ををかぶって、別の生き物に扮装して悪霊から身を守ったようです。

こんな感じ(笑)!ナーヴァン・センター(Navan Centre & Fort, Co. Armagh, Northern Ireland)に再現されたケルト村にて
アイルランドではキリスト教伝来後もケルトの精霊信仰が根強く残り、ケルトの神々や精霊は、キリスト教の聖人や民間伝承の中の「妖精」に姿を変えて生き残っていくことになります。
かつてはケルトの新年だった11月1日も、「諸聖人の日=オール・ハロウズ(All Hallows)」として聖人や殉教者を慰霊する日に取って代わられました。(All Saints' Dayとも言います)
ケルトの年越し祭だった「サウァン」は、オール・ハロウズの前夜祭として、「諸聖人の日の前夜=オール・ハロウズ・イヴ(All Hallows' Eve)」と呼ばれることに。それがなまって、
All Hallows' Eve(オール・ハロウズ・イヴ) → Hallowe'en(ハロウィーン)
となったのだそうです!
現代のハロウィーンは、アイルランド人移民がアメリカに伝え、アメリカナイズされて逆輸入&全世界に広まった形が主流。
アイルランドでも最近のハロウィーンは、子供たちの仮装や「トリック・オア・トリート!」、カボチャのモチーフやで象徴されますが、サウァンの火をともす祭りが厳かに行われている地域もあるにはあるんですよね。
ダブリンの下町では、ハロウィーンに大掛かりな焚き火をしたり、爆竹をバンバン投げるのが年中行事となっています。これはサウァンの「悪霊除け」の名残りですが、ダブリンのハロウィーンは一年でいちばん消防署が忙しい日でもあります!
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