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アッシュフォード・キャッスルとギネス家の歴史…など

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さまざまな時代の建築が入り混じるアッシュフォード・キャッスル。その時々の所有者の思い入れと歴史が感じられます

アイルランド西海岸きっての有名古城ホテルであるアッシュフォード・キャッスル・ホテル(Ashfrod Castle Hotel, Cong, Co Mayo)は、3年ほど前にオーナーシップが代わり、4700万ユーロを投じた大掛かりな修繕・改築作業が行われて昨年再オープンしました。

先週お客様が数日間宿泊された際に城内をくまなく見て歩きましたが、城そのものは変わりありませんが、新しくスパが出来て、30シートのミニ・シネマが出来て、城の敷地内にはカジュアルなカフェやショップがオープンしていました。森の中には城とは全く別棟のプライベート・コテージも客室としてオープンしたようです。
アイルランドでガイド業を始めて15年、お客様をお連れしてほぼ毎年行き続けているアッシュフォード・キャッスル。昔からのスタッフは数少なくなりましたが、それでも顔馴染みのスタッフが声をかけてくれます。「10年前に比べると倍の忙しさだよ~」とスタッフの一人が言うように、最近のアッシュフォード・キャッスルはとにかく大繁盛のようで、いつ行ってもにぎやかです。

「静かなる男」の時代は遠くなり、今ではアメリカ・カナダで人気の宮廷ドラマ「レイン(Reign)」のロケ地としての方が有名。ハンチング帽をかぶったジョン・ウェインではなく、きらびやかなお姫様が住む「お城」のイメージが求められるようになったのですね。時代は変わりました(笑)。

さて、このアッシュフォード・キャッスルですが、ホテルになる前はギネス・ビールのギネス一族が所有していました。自分の覚え書きのためにも、ギネス一族とアッシュフォード・キャッスルとの関わりを少々ここに記しておきたいと思います。

城の築城は1228年にさかのぼり、約600年の間、イギリス貴族の間で所有者が変わっていった後、1852年にサー・ベンジャミン・リー・ギネス(Sir Benjamin Lee Guinness, 1798 – 1868) が購入。アッシュフォード・キャッスルのギネス家の時代が始まります。

サー・ベンジャミン・リー・ギネスは、ギネス・ビールの創始者アーサー・ギネスの孫に当たります。ビール会社を切り盛りする一方、私財を投じて歴史遺産の購入や修復を行い、ダブリンきっての名士・慈善家として知られた人物。ダブリンの聖パトリック大聖堂の修復&庭の造園を行ったのは彼で、教会入り口近くには銅像が建てられています。ダブリン北部の広大なセント・アンズ・パークも彼が周辺の敷地を寄せ集めて公園にしたのでした。
アッシュフォード・キャッスルも歴史的資産の保護を目的として購入。ヴィクトリア様式で増築し、敷地を拡げて新しい道を作り、数千本の木を植えて敷地全体を整えました。

ベンジャミンの死後、息子のアーサー・エドワード・ギネス(Arthur Edward Guinness, 1840 – 1915)がアッシュフォード・キャッスルを相続します。アルディローン男爵として知られたこのギネスさんの時代に、城はネオゴシック様式でさらに増築され、大々的な修改築がなされてほぼ現在の形になりました。
この人もまた父同様、慈善事業に熱心で、ダブリンのセント・スティーブンズ・グリーンを購入してダブリン市に寄贈、市民の公園として開いたことで知られており、園内には彼の銅像が建てられています。
その他、父の代から行われていたアイルランド初の公共図書館マーシュ・ライブラリーの修復完了、現在もダブリンきっての産婦人科専門医院として知られるクーム・ホスピタルの増築も彼の功績によるものです。

アルディローン男爵の妻となったレディー・オリビア(Lady Olivia Hedges-White, 1850 - 1925)はアイルランド南部のマックルーム出身で、今も町に隣接して建つマックルーム城(アメリカのパンシルバニア州の名前の由来となったウィリアム・ペンが育った城)で生まれました。父が後にバントリー伯爵となり、現在一般公開されている海に面した美しいバントリー・ハウスを相続したので、アルディローン男爵との結婚式はそこで行われました。バントリー・ハウスの見学をするとその話が出てきます。
レディー・オリビアの母は、今やカウンティー・ケリーの一大観光名所となっているマクロスハウス(Muckross House, Kilarney, Co. Kerry)のハーバート家出身。その縁でアルディローン男爵はのちにマクロスハウスも購入するのですが、そこに住む目的ではなくて、屋敷の修復とキラーニー周辺の景観保護のためでした。

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アッシュフォード・キャッスルのメインホール上階のギャラリーに飾られているアルディローン男爵とレディー・オリビアの写真

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レディー・オリビア愛用の扇。イギリスのビクトリア女王に扇を献上したパリのメーカーにより1880年頃に作られたもの。ビクトリア時代のスケートのシーンが描かれています

アルディローン男爵夫妻はダブリンのセント・アンズ・パークを本宅としていましたが、ビール会社引退後はアッシュフォード・キャッスルで多くの時間を過ごしたようです。土地問題が活発化した時代で、アッシュフォード・キャッスル近くのロッホ・マスク・ハウスで地主が小作人に追われる「ボイコット事件」(小作人が、地主のボイコットさんにお店で物を売らないなどして村八分にした挙句、屋敷で暴動を起こした事件。「ボイコット(運動)」の語源となりました)が勃発するなど、地主階級には難しい時代でしたが、アルディローン男爵はアッシュフォード・キャッスルに隣接するコリブ湖の蒸気船事業を支援したり、運河増設を試みたり(これは失敗に終わり、「ドライ・カナル(乾いた運河)」として笑いものになるのですが、その話はまた今度…)して地元に貢献、進歩的な領主として慕われました。

当時のキャッスルは大変華やかで、多くのゲストを迎えて晩餐会が開かれていましたが、中でも1905年、当時皇太子だった後の英国王ジョージ5世の訪問は、アッシュフォードにとって最も名誉な出来事となりました。
それを記念して、キャッスルのメイン・ダイニングは「ジョージ5世」、バーは「プリンス・オブ・ウェールズ(英皇太子の称号)」と名付けられています。

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イギリス皇太子としてアッシュフォード・キャッスルを訪れたのちのジョージ5世王

アルディローン男爵夫妻は子供に恵まれなかったため、夫妻の死後、キャッスルは甥のアーネスト・ギネスの手に渡ります。
1939年にギネス一族の手を離れ、ホテルとしてオープン。以来、アイルランド系アメリカ人のロナルド・レーガン大統領、父がアッシュフォードと同じカウンティー・メイヨーのニューポート(Newport, Co. Mayo)出身であったモナコのグレース・ケリー王妃とレーニエ大公、アイルランド人俳優のピアス・ブロスナンなど、多くの有名人・著名人が宿泊客リストに名を連ねることとなりました。
数か月前にお客様をご案内した時は、北アイルランド出身の有名プロ・ゴルファー、ローリー・マキロイ(Rory McIlroy)選手に城内で鉢合わせました。噂によると、来年あたりマキロイ選手はアッシュフォード・キャッスルで結婚式を挙げるようです。

ちなみに1939年に初代アッシュフォードのホテリアとなったノエル・ハガード(Noel Huggard)さんは、ウォータービルのバトラーアームズ・ホテル(Butler Arms Hotel, Watervill, Co. Kerry)の出身で、ご両親がホテル経営者でした。バトラーアームズ・ホテルは今もハガードさんの孫にあたる方が経営しておられますが、チャーリー・チャップリンの定宿としたことで知られるホテルで、チャップリンと家族の写真が今もホテル内に飾られています。
調べていくといろいろつながっていき、面白いですね。

※アッシュフォード・キャッスル関連過去ブログ:やっぱり素敵…アッシュフォード・キャッスル・ホテル古城ホテルで「鷹匠」になる!

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アイルランド公認ナショナル・ツアーガイド。2000年よりアイルランド在住。アイルランドでの生活、ガイド業を通してのさまざまな体験を皆さんと共有できたら嬉しく思います。最近の趣味はサーフィンとバラ栽培♪

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