ヨーロッパ大陸を西へ移動し、イベリア半島西端へ行き着いたケルト人は、紀元前700年頃から徐々にブリテン島、アイルランド島へ北上して来ました。
精霊信仰で、自然万物に神が宿ると考えていた彼らは、話し言葉には魂が宿ると考えていました。文字表記すると「言霊」が失われてしまうという理由から、長い間文字を使用せず、モノゴトを伝承で伝えていたのです。
ケルト系の言葉(アイルランド・スコットランドなどのゲール語類、ブルターニュ・ウェールズ・コーンウォールなどのブリトン語類)に固有の文字がないのはこのためですね。
キリスト教の布教に伴いラテン語のアルファベットが普及し、ケルト系の言葉もABC…のアルファベットに当てはめて表記されるようになるのですが、それはずっと後になってからの話。
いくら言霊が失われる…とは言っても文字がない不便さもあったようで、地域によってはアルファベットを借用して文字を表記したこともあったようですが(エトルリア文字やギリシャ文字から借りたらしい)、全く新しい文字を「発明」するということをしたのは、アイルランド島に渡ってきたケルト人だけでした!
それが「オガム(Ogaham)」と呼ばれる、石に刻まれた文字。点と線で構成され、点で表される母音が5文字、線で表される子音が15文字。合計20文字。
5で割り切れるので、指を使った暗号として使用したのが始まり、との説もあります。
(どんな文字が見てみたい方は、このサイト右側の一覧表が見やすいでしょうか→
The Ogham Alphabet)
4世紀頃にアイルランド南部で発明されたようですが、キリスト教布教の足音がそろそろ聞こえてくる頃ですので、やはりラテン語のアルファベットに何らかの刺激と影響を受けて「文字表記」というアイデアに至ったものと思われます。
ところがやはりケルト。そもそもの概念がラテン語のアルファベットと全く違うのです。オガムは横書きではなく、縦書き文字なのですが、なんと上から下へ…ではなく、「下から上へ」読みます!
それぞれの文字には樹木の名が当てはめられていて、樹木信仰の強い古代アイルランド人(ケルト人)は、木が下から上へ育つと同様に文字も下から上へ読むのだ、と考えたようです。文字とはいえど、そこには信仰の匂いがプンプンしますね。
書かれている内容は土地の所有者や王様の墓碑銘が主ですが、そもそものコンセプトが極めて呪い(まじない)的。文字になってもやはり「言霊」っぽくて、なんだか「生き物」的なのです。
モノの本にはドルイドが儀式に使用した秘密文字…などと説明しているものもありますが、というより、当時の世の中全体が「呪い的」であったということだと思います。

ディングル半島のキルマルケダー教会(Kilmalkedar Church, Co. Kerry)に残るオガム文字が刻まれた石。写真に写っている側は線(子音)ばかりですが、たいていの場合、反対側に点(母音)が刻まれていて、下から上へとジグザグに読んだりします(2012年8月撮影)
オガムが刻まれた石(以後、オガム石)は、アイルランド島に約300見つかっています。そのうち3分の2が南部のカウンティー・ケリー(Co. Kerry)&カウンティー・コーク(Co. Cork)。アイルランド島外では約75見つかっていますが、そのうち40がウェールズ、30がスコットランド。
4世紀から7・8世紀頃までの300~400年間に渡り、使用されたようです。
すっかり前置きが長くなってしまいましたが、今回のウェールズの旅で、ウェールズに残るオガム石を見ることが出来て感激したので、そのことを書きたかったのでした。
オガム文字は解読されていますが、どうやって解読出来たかというと、ウェールズなどブリテン島に残るオガム石にはたいていラテン語が並記されていたからです。それを照らし合わせて文字を解読したんですね。
ローマ人が来なかったアイルランドにあるオガム石は、オガム文字オンリー。「どうやって解読したんですか?」というお客様からのご質問に、「ブリテン島にラテン語が並記されたオガム石が残っているので…」とお答えしてきましたが、それをこの目で確かめることが出来て感激でした。
こちらが今回ウェールズで見た、2体のラテン語付きオガム石。いずれもオガム文字が薄くて、写真にほとんど写っていないのが残念ですが。
まずは、マルガム石の博物館(
Margam Stones Museum)で見た、Pumpeius Stoneと呼ばれる6世紀の墓碑銘。
高さ1.35メートルの赤砂岩。ラテン文字、オガム文字それぞれで名前が書かれていますが、説明書きによると、ラテン文字では英名、オガム文字ではアイルランド名に書かれているとのこと。

石の平らな表面にラテン文字。角にオガム文字。写真をクリックして拡大して、向かって右角の下&左角の上をよ~く見ていただくと、オガム文字が見えます
そしてこちらは、ネヴェルン近郊の聖ブリナッハ教会(St Brynach's Church, Nevern)で見た、Vitalinus Stone。
説明書きには高さ1.93メートルと書かれていますが、そんなに高くなかったです。せいぜい1.3メートル位。上部が割れたか何かしたのでしょうか。5~6世紀のもので、やはり墓碑銘のよう。Vitalinusという名がラテン文字とオガム文字で書かれているようです。

こちらも写真をクリックして拡大して見ていただくと、向かって左角の上の方にオガム文字が見えます
(ちなみにこの教会ゆかりの聖ブリナッハはアイルランド出身。非常に美しいケルト十字架や、血を流す木などがある興味深い教会だったので、そのことはまた後ほど…)
このウェールズの石たちを見て、アイルランドがローマ化されなかったことがいかに大きなことであったかを、つくづく思い知りました。
こういうふうにラテン語で「翻訳」されてしまうと、オガムの持つ魔力のようなものが一掃されてしまって、ただの「文字」になってしまう。ラテン語並記のオガム石をついにこの目で見て感激したものの、アイルランドにあるオガム石の持つある種の迫力のようなものは、ウェールズの石からは感じられませんでした。魔法がとけちゃった感じ(笑)。
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