
イヴァンチッツェの青い空!右の塔が教会、左の塔がムハの展示のある博物館
プラハ市内で数日間ムハの作品を満喫したあと、ムハめぐりの総まとめとして、生まれ故郷のイヴァンチッツェ(
Ivanvive)を訪れました。
プラハよりウィーン行きの国際列車に乗って2時間半、チェコ第2の都市ブルノでローカル列車に乗り換えてさらに1時間。チェコの田園風景、森や渓谷の景色を楽しみながらの快適な旅でした。

ブルノからのローカル列車でイヴァンチッツェ到着

駅舎はありましたが閉まっており、無人駅な様子
イヴァンチッツェはチェコ南部モラヴィア地方に位置する人口1万人ほどの小さな町。ムハはここで1860年に生まれ、ブルノの中学校へあがるまでの幼年・少年時代、ブルノから戻りウィーンへ行くまでの数年間をここで暮らしています。
ムハの絵にしばしば登場するイヴァンチッツェの教会の塔。町に近づく列車の車窓からも見えていたこの塔を目指して、駅から歩くことほんの7~8分で、教会や町役場のある広場に出ました。
ちょうど正午の鐘が鳴っており、ムハもこの鐘の音を聞き、塔を見上げたことでしょう。

イヴァンチッツェの教区教会。正式名称は聖母マリア被昇天教会
プラハでさんざんムハの絵を見てきたばかりでしたので、教会を見るやいなや、絵の情景がありありと思い浮かんできました。
まずは、ムハ美術館で見た、イヴァンチッツェの地方展のポスター。(こちらでご覧いただけます→「
ミュシャを楽しむために」
・・・個人の方のブログですが、ムハ作品のバックグランドがわかりやすく説明されていて他の絵についても参考にさせていただきました)
そして、「スラヴ叙事詩」の中の一枚。

中世に栄えたイヴァンチッツェのモラヴィア兄弟団学校の様子を描いた一枚。写真では薄くなってしまい見えにくいですが、左上に教会の塔。中世には塔の形が現在と違っていたため、ムハは当時の様子に復元して描いています。城壁は現存していませんが、駅の近くにリンゴ畑とイトスギが立ち並ぶ場所があり、この絵を思い起こさせました
そしてこちら、パリ時代に描いた「イヴァンチッツェの思い出」というタイトルの水彩画。

この後見学した向かいのムハ博物館で絵葉書を購入。塔の周りをツバメが飛ぶのはムハのお決まり、左下にはイヴァンチッツェの紋章が描かれています。博物館の入場券と一緒に
教会内部の聖歌隊席に子供時代のムハが刻んだイニシャルが残っているとのこと、ぜひ見たかったのですが、残念ながら内側の扉に鍵がかかっており、主祭壇や聖歌隊席へは近づくことが出来ませんでした。
T子さん持参のムハの本にその写真があり、落書きと言えどさすがムハ、アルファンスの「A」とムハの「M」を重ね合わせた曲線の美しいデザインです。

バロック様式の教会内部

個人的に目をひいたのはこちらの像、聖母子ではなく、聖「父」母子像!イエスのお父さん、ヨセフも一緒に子の手をひいています・・・(この時は驚いたのですが、翌日プラハ市内の別のバロック期の教会でも、父も一緒の類似の像を発見)
このあと、教会の斜め向かいにある博物館を見学したのですが・・・。長くなりましたので、続きは後日。
約1週間滞在したプラハとも、明日でいよいよお別れです。

イヴァンチッツェ出発前にT子さん&Y子さんと記念写真。プラハ本駅の歴史的ビルディングにて。今から20年前、添乗員駆け出しの頃、夜行列車で初めてプラハに到着した思い出の駅です♪
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