本年度のアカデミー賞4部門にノミネートされている話題の映画、『フィロミーナ(
Philomena)』(邦題:「あなたを抱きしめる日まで」)を見てきました。

BBC制作、監督はアカデミー賞受賞作『クィーン』のスティーブン・フリアーズ
フィロミーナ・リー(Philomena Lee)さんというアイルランド人女性が、半世紀もの間、人に語ることなく秘めていた実話に基づいた作品。
1950年代のアイルランド。未婚で身ごもってしまったティーンエージャーのフィロミーナは、家族からも見捨てられ、ロスクレイ(Roscrea, Co. Tipperary)の修道院へ送られます。
カトリック教会が支配的だった当時のアイルランドでは婚外交渉した女性は罪を背負ったものとされ、表向けは修道院でも、実際には修道女が監督するランドリー(laundry=洗濯所)と呼ばれる施設へ送られました。そこで出産し、罪の代償という名目で数年間、奴隷的な労働を強いられていたのです。(罪を洗い流す、ということから洗濯所と呼ばれ、実際に洗濯がいちばん過酷な仕事だったようです)
生まれた子供は幼児のうちに、金銭と引き換えに裕福なアメリカ人夫婦などに引き渡され、母親たちはその後連絡を取ることも許されませんでした。
このあたりのショッキングな事情は、2002年に公開された別のノンフィクション映画『
マグダレンの祈り(原題:The Magdalene Sisters)』を見てご存知の方も多いことでしょう。
『マグダレンの祈り』は当時の修道院での苦しい日々を綴ったものでしたが、この『フィロミーナ』は、それから半世紀の月日が流れ、田舎の主婦として暮らしていたフィロミーナが事実を語ることを決め、生き別れた息子の消息をたどる・・・というストーリー。
バックグランドにある事実は同様の体験なのですが、このフィロミーナさんという人がなかなかユーモアのある人で、彼女の口から発せられるセリフは時としてコメディーそのもの。名女優ジュディ・リンチ演じるフェロミーナの善良で正直、人を裁くことをしない人柄や、彼女と共に息子探しをするジャーナリストのマーティンとの心の触れ合いが印象に残る、笑いあり、涙ありのとても良い作品でした。
ストーリーラインとは別に、映画の中のアイルランド絡みのことで気のついたことをいくつか挙げてみますね。
予告編にも含まれているシーン。アメリカへ行く飛行機の機内で、マーティンとビジネスクラスに隣り合わせに座るフィロミーナにシャンパンが運ばれてくるのですが、有料だと思い断ってしまいます。マーティンに無料だと言われ、あわててグラスを取ったフィロミーナがひと言、「ライアンエアではなんでもお金を出さなくちゃならないから・・・」。このシーンでは館内でゲラゲラ笑いが起こっていました(笑)。
ちなみにライアンエアとは、機内預かり荷物、指定座席、機内でのドリンク&軽食など何でもが有料であることでしばしば引き合いに出されるアイルランドの格安航空会社。予告編の日本語字幕では残念ながらこれが訳出されていませんでしたが、ライアンエアを知らなければ面白くもなんともないので仕方ないでしょう。
アメリカで生き別れた息子の消息をたどるフィロミーナですが、息子は自分やアイルランドのことなど全く想っていてくれなかった、もうリサーチはやめて家に帰る!とくじけそうになります。ところがそこで、アイルランドを象徴するあるシンボルが重要な役割を果たし、フィロミーナを再び元気付けるのですが・・・。
そのあるものとは、アイルランドの国章またはギネスビールのシンボルとしても知られるハープ(竪琴)のシンボル。
映画の内容とは話がそれますのが、このハープ、国章とギネスとでは向きが違うのをご存知でしょうか。ハープの正位置は右利きの奏者を基本とした、左が直線、右が曲線という向き。ところが国章のハープは、それとは逆の左が曲線、右が直線なのです。(ギネスのハープ→
こちら/国章のハープ→
こちら)
なぜそうなったかというと、国が国章を登録しようとした時には、ギネス社がすでにハープのシンボルをトレードマークとして使用していたため、アイルランドきっての大手ギネス社と争いが起こることを避けて、国は左右逆向きのハープにした・・・という嘘のような本当のような事情があったのでした。
映画の中でストーリーのキーとなるハープはどちら向きなのか、注目してご覧下さい!
アイルランドでのシーンは、北アイルランドのモーン山脈周辺(Mourne Mountains, Co. Down)と近郊の町々、ブライアンズフォード(Bryansford)、ダウンパトリック(Downpatrick)、ロストレヴァー(Rostrevor)キリリー(Killyleagh)で撮影されたそうです。
ロスクレイの修道院を訪ねるシーンで、地名の看板がロスクレイ近くの町バー(Birr, Co. Tipperary)に書き換えられていましたが、あのブルーの看板の造りがまさにモーン山脈周辺のそのエリアもの。修道院の建物は即座にはどこかわかりませんでしたが、周辺にあるジョージ王朝時代のカントリー・ハウスのひとつでしょう。
ジュディ・リンチを含めた出演者とスタッフは、キリリーのダフィリン・アームズ(
Dufferin Arms, Killyleagh)という宿に1週間ほど滞在していたそうです。(Belfast Telegraphの
こちらの記事より)
マーティン役の英国人俳優&脚本家のスティーヴ・コーガン(Steve Coogan)が、修道院訪問後にギネスを飲みながらパブの店主と話すシーンはここのパブのようですね。

ダフィリン・アームズのバー(Webサイトより)

モーン山脈の裾野の緑美しいこんな景色が出てきますので、お楽しみに(写真は
www.freeirishphotos.comより)
ちなみにマグダレン・ランドリーは、最後の施設が1990年代半ばまで存在していました。被害者の訴え、政府の対応などは今もって(というより今になってやっと!)メディアでさかんに報じられいます。
このブログを書いている間、つけっ放しにしていたテレビに映っていた国会中継で、偶然にもフィロミーナ・リーさんの一件が引き合いに出されていました。フィロミーナさんの勇気に感謝、これを教訓にシングルマザーの権利をもっと守るべき、云々・・・と女性の政治家が話していました。
この映画は彼女と同じ経験をしたアイルランド人女性たちを励ますと同時に、確実に社会現象にもなっているようです。
日本公開は3月15日。(→
「あなたを抱きしめる日まで」オフィシャルサイト)
数年前にベストセラーとなった原作本(「The Lost Child of Philomena Lee」、ジャーナリストのマーティンが書いたのがコレ)は、息子アンソニーの人生により焦点を当てた内容のようですが、映画公開に合わせて日本でも翻訳され、集英社文庫から出ているようですね。
『フィロミーナ』のさらなる背景にご興味のある方は、英文ですが、原作者のマーティン・シックスマイルさんによるこの記事がとても参考になります。フィロミーナさんご自身の写真も載っています。(現在81歳でお元気のようです)
→
How I helped Philomena track down her son sold by cruel nuns...P.S. こちらは全く全くの余談ですが・・・。RTEの人気ドラマ「Love/Hate」のトミーと結婚したシュボーン、さらに『ダウントンアビー』シーズン3~4で次女イディスに近づく何だかうさんくさい既婚者、マイケル・グレッグソン。この2人がちょい役で出てました!グレッグソン、やっぱりうさんくさい・・・(いずれもドラマ中の役名・笑)
- 関連記事
-
コメント
Reico
アイルランドにはもう一人のフィロミーナさんという有名な女性(フィルのママ)がいますよね。映画の主人公が同名なのは偶然なのか、否かと、とてもびっくりしました。フィルママ、フィロミーナさんの自伝を訳してくれた友人と、この映画の話題で興奮しています。(笑)同じ時代、重なる場面もきっとたくさんでてきて、それが実写になっていて、胸が痛くなると思いますが、原作も読んでみたくなりました。
何よりナオコさんのこの紹介文で、見どころや訳になっていない面白い場面まで知ることができて、すごく楽しみになりました。
ほんとにありがとうございます!
2014/02/17 URL 編集
naokoguide
この映画、本当に良かったです。フィロミーナさんのキャラが、あ、こういう人、アイルランドでよくいるかも・・・という感じで好感が持てて、うんうんとうなずいてしまいました。私も原作も読んでみようと思っています。
日本での公開をお楽しみに♪
2014/02/17 URL 編集
はな
おかげでダブリンの公開最終日(市中では)に間に合い、今夜行ってきました。
フィロミーナのキャラは、本当にその辺にいそうなアイリッシュのおばさんという感じが良くでていて、何度も笑ってしまいました。
マーティンのうんざりしてそうな感じもウケました。
で、ボロ泣きです。
マーティンと同じように、私も怒りがこみ上げていたのに、
フィロミーナの人間の大きなこと・・・。今思い出しても泣けます。
2014/02/24 URL 編集
naokoguide
ニューヨークのホテルの朝食で、いろんな人と話しちゃったりするところなんか、よくいるアイルランド人、という感じがよく出ていましたよね。私も笑って、泣きました。で、すっかりフィロミーナさんのファンです。
コメントありがとうござました♪
2014/02/24 URL 編集